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 薬の常識

薬の効く仕組み

 生物の体の中で化学物質を合成するためには、酵素というタンパク質が使われる。酵素に
よる体内での化学物質の変換は非常に整然と行われ、その変換は極めて高速に行われる。
 酵素は、化学物質の活性部位と呼ばれる特定の部位に働く。これを基質特異性という。また、
基質によく似た働きをする化学物質を基質類縁体と呼ばれる。これは、酵素の正常な働きを
邪魔するため、酵素阻害剤または簡単に阻害剤と呼ばれる。


 細胞の表面にあり、特定の物質と結合するタンパク質を受容体(レセプター)と言う。受容体に
結合する化学物質は厳しく規制されている。それは、酵素の場合と同様に立体構造による制限
である。薬の大半は、酵素と受容体というタンパク質に働いてその作用を妨害したりして生命反応
をコントロールする化学物質だと言える。


 薬が示す効果を薬効または薬理活性という。薬理活性がどのようにして現れるかについては
分子レベルでの研究も進んでいるし、医薬品の許可を申請するためにはその医薬品がどのよう
にして薬理活性を示すかが示されなければならない。一方、副作用や毒性の分子レベルの研究は
不十分である。それは、毒性の生じるメカニズムが複雑であり、研究にはお金がかかる。その上、
得られる結果は創造的ではないためである。

薬の作られ方

 薬に関して試行錯誤の結果をまとめた世界最初の本は、『神農本草経』であるとされている。
この本は、中国の伝説に現れる皇帝のひとりで紀元前2700年頃にいたとされる神農によって
書かれたとされるが、実際は漢の時代に書かれたとされている。この『神農本草経』には365種
薬用植物についての記載がある。


 現代的な薬の作り方は、多くの天然化合物や合成化合物の中から最適な薬の候補となり得る
化学物質を選別し、動物実験で良い結果が得られたものを最終的には人間でその効果を調べ
(臨床試験)、それに合格したものが、薬として製品化される。

 臨床試験は実験室を離れ、病院の中で実際の患者を対象に行われる。薬を開発する企業が
その試験にかかる費用を負担しなければならず、臨床試験はお金と時間がかかるものである。
その薬の効果を充分に確認するためには多くの患者が必要であり、その試験には合計では7年
ほどの時間がかかる。したがって、一つの薬についての臨床試験には80億円以上の経費がか
かる。


 まず健康な人で薬の毒性や体内への吸収の程度が調べられる。これを臨床試験の第一相試験
という。大体10人から100人に対してこの試験は行われる。第一相試験にはおおよそ一年半ほど
かかる。次の臨床試験第二相試験は、50人から500人ほどの患者に対して行われる。平均2年
の時間がかかる。この際、本物の薬と偽の薬(ブラセボ)を用意して二重盲検法という方法で投与さ
れる。臨床試験の最終段階である第三相試験では、300人から数万人におよぶ患者に対して試験
を行う。これまでの標準的な治療法に対してこの新薬候補を使った場合、どの程度治療成績が良く
なるのかを見る。また、中期的な副作用についても確認をする。この段階で有効性が確認されれば
新薬承認申請が行われる。第三相試験が一番お金と時間がかかる。平均でも3年半かかり、臨床
試験の半分以上の費用がこの段階でかかる。


 日本での医薬品の研究・開発から発売までの流れ

 合成化合物・天然界→新薬候補化合物のスクリーニング→前臨床試験(薬理試験・毒性試験)
→臨床試験(第一相試験・第二相試験・第三相試験 それぞれの治験届)→承認申請
→厚生省の審査(中央薬事審議会・国立医薬品食品衛生研究所)→承認・製造許可
→薬価基準申請→発売→市販後調査


 新薬発売後6年間は副作用を監視し、その結果を報告することが製薬企業に義務づけられている。


 病院でもらう薬と薬局で買う薬

 日本では医師が用いる薬は「医療用医薬品」、大衆薬は「一般用医薬品」として区別されている。
アメリカでは薬局で買える薬をOTC(over-the-counter)薬と呼ぶ。日本でも欧米でもOTC薬という
ものは医師の補助ないし副次的なものとしてとらえられている。従って、同じ薬であってもOTC薬に
含まれている薬の量は、医療用の二分の一から五分の一に抑えられている。

 薬は化学物質であり、互いに直接的に影響しあうし、飲み合わせが非常に重要な場合が少なく
ない。すべての化学物質は基本的には毒と思ってよい。薬は、リスク/ベネフィット比(危険/受益
比率)を考えて使わなければならない。

 ゲノム情報から薬を作る

 薬の標的分子が明確になれば、薬の開発戦略は比較的立てやすくなる。薬の効き方や副作用
にも個人差がある。こうした体質の差は特定の遺伝子によることが明らかになってきた。各人の
遺伝子の違い(これを遺伝的多型という)を系統的に調べたところ、DNAのA・T・G・Cの文字が
一文字だけ入れ替わっている位置が多数見つかってきた。このような遺伝子の差(多型)を単塩
基多型(single nucleotide polymorphism)
という。英語の頭文字を取ってSNPと一般に呼
ばれる。
 薬が効く相手の分子の立体構造が分かる場合、そのタンパク質に聞く薬の形を求めることが
でき、薬が開発できる。薬が効く相手の分子の構造が分からない場合は、ロボットを使ってスク
リーニングを行う。ハイ・スループット・スクリーニング(high-throughput screening:HTS)法である。
このHTSと化学部品の組み合わせのコンビナトリアル・ケミストリーという方法を組み合わせて
非常に多くの化合物についてスクリーニングをかけることが可能となった。

 病気になると体内での正常な代謝が変わる。正常な状態では作られるものが作られなくなったり
、逆に過剰になったり、あるいは通常作られないものが作られる。この状況を調べるには臨床検査
をすればよい。そして今、臨床検査の可能性をさらに高めようとしているのが、DNAプローブ技術
である。更に最近のDNAチップという技術を利用すると、癌やエイズなどなるべく早期に発見・治療
を開始する病気や感染症の診断に大いに貢献することが期待されている。
 21世紀の薬は、治療から予防へと進んでいくのではないだろうか。


参考図書

 (講談社 講談社現代新書 1530 平山令明著 『知っておきたい薬の常識』
   定価:本体680円(税別) ISBNコード 4−06−149530−5 C0247
   から抜粋しました )