子宮腺筋症由来の子宮体癌の1例
矢島 正純氏 折戸 征也氏 太田博明氏
(東京女子医科大学産婦人科学教室
〒162−8666 東京都新宿区河田町8−1)
はじめに
子宮腺筋症や内膜症嚢胞は、日常の診療においてしばしば遭遇する疾患であり、
その多くは妊孕性温存を希望するため、根治手術(内性器全摘出術)の対象となる
ケースはきわめて稀である。すなわち多くの症例では、Gn−RHアゴニストやダナゾ
ールなどによる薬物療法や手術する場合も嚢腫摘出術などの保存的手術療法が主体
となっている。
しかし、日常診療を行う場合には、そこに大きな落とし穴があることを頭の片隅に入れ
ておくべきである。それが今回組まれたテーマであるが、その1つに腺筋症や内膜症から
発生する癌がある。今回われわれは、骨盤内腫瘍を指摘されたが、術前診断に苦慮した
子宮腺筋症由来と思われる子宮体癌により経験したので報告する。
症例
患者:48歳女性,0経妊,0経産
主訴:右背部〜右下腹部痛
家族歴・既往歴:特記すべき事項なし
月経歴:初経12歳,30日周期・整
現病歴:主訴は右背部から右下腹部痛で次第に憎悪する。3か月後に近医を受診
したが原因不明にて当院泌尿器科を受診した。水腎症の原因検索のため当科
を紹介された。
初診時所見:内診上、子宮は超鵞卵大,やや硬,可動性良好,付属器は触知せず。
子宮頸部細胞診:ClassU
子宮内膜細胞診:組織診を2回ずつ施行したが異常を認めず。
血液検査所見:WBC 6,970/mm3,RBC 434×106/μl,Hb 8.3g/dl,Ht 33.1%,
Plt 44.9×104/μl,TP7.7g/dl,LD372IU/l,BUN12.6mg/dl,
Cr1.06mg/dl,CEA36.8ng/ml,CA125 280U/ml,CA72-4 2.4U/ml
超音波所見:子宮はやや腫大し腺筋症様で、右卵巣は径4cmにて嚢胞状を呈していた。
CT所見:子宮底部に不整なlow density areaを認め、骨盤内に右腸腰筋との境界不明瞭
な不整形の腫瘤,および傍大動脈リンパ節腫大を認めた。術前診断が確定せぬ
まま開腹術を施行した。
手術所見;子宮は、腺筋症様に手拳大に腫大しており、右側の閉鎖節・外腸骨節・総腸骨節
・傍大動脈節が腫大し、右尿管・腸腰筋に浸潤していた。また、生検したリンパ節
の迅速病理診断は、低分化腺癌であった。左閉鎖節も腫大(術後病理組織診断
にて転移と判明)しており、子宮内膜には肉眼的に癌病変は認められなかった。
病理組織所見:子宮内膜は、増殖期内膜で特に異常を認めず、筋層内には間質を伴う子宮
腺筋症の像も認められた。しかしながら、多くの腺筋症組織は不規則な腺構
造を呈し、強拡大では明らかな腺癌組織にて類内膜腺癌grade2と病理診断
された。骨盤・傍大動脈リンパ節転移(+)、筋層浸潤>2/3、リンパ管浸潤(+)、
脈管浸潤(+)を認め、以上より子宮腺筋症より発生した子宮体癌Vc期と
診断された。
術後、化学療法としてCBDCA(AUC=5)、ADM(40mg/m2)、CPA(500mg/m3)の3剤併用
療法を6コース施行したが効果はPDであり、初回治療から10か月後に右総腸骨動脈に癌が
浸潤し、動脈穿孔による出血性ショックで死亡した。
考察
本症例は、泌尿器科より水腎症の精査目的で紹介されたが、子宮頸部・内膜の子宮癌
検査で異常を認めず、右卵巣は、4cm径と嚢胞状に腫大していたが、画像上、悪性とは
考えられず、右腸腰筋など後腹膜より発生した腫瘍も考えられた。しかし、上皮性腫瘍
マーカーであるCEAやCA125などが高値を示していたことから肉腫などの非上皮性腫瘍
は考えにくく、上部または下部消化管の精査もすでに施行されており、異常を認めなかった
ことから、婦人科以外の他臓器からの転移も否定的であった。
唯一、異常所見を呈したのは、骨盤CTにおける子宮筋層の不整なlow density areaで
あり、後方視的には、dynamic MRIによる検索を行っていれば、さらなる情報が得られた
可能性がある。。しかし、病理学的診断が得られない以上、試験開腹を行っても術式に
苦慮することが予測された。開腹時に、右の骨盤リンパ節が腫大して尿管や腸腰筋に
浸潤していることが明らかとなり、リンパ節生検の迅速病理組織診断で低分化腺癌との
診断であったこと、さらに左閉鎖節もわずかに腫大し転移陽性であったことから、子宮由来
と診断し、子宮を摘出するに至った。
子宮内膜症の悪性化の報告は比較的多くみられるが、その多くはチョコレート嚢胞に
腺癌が認められたことから悪性化を示唆する報告であり、子宮腺筋症の悪性化の報告は
きわめて稀である。また子宮腺筋症に沿って浸潤する体癌との鑑別が問題となるが、
内膜に癌が存在したり、筋層に連続的に浸潤する場合に比して予後良好である点で、
腺筋症の悪性化とは性格を異にする。
子宮腺筋症の悪性化を満たす条件として、SampsonおよびColman,Rosenthalは、
(1)表層子宮内膜に腫瘍が認められないこと、(2)腫瘍は、子宮腺筋症に限局していること、
(3)子宮内膜全域の組織学的精査が必要であること、を提唱した。
本症例では、計4回にわたる病理学的検査によっても、子宮内膜に異常を認めなかった
が、癌が進行していたために、リンパ節に転移しており、(2)の基準には当てはまらず、
厳密には、この判断基準を満たしていないことになる。しかし、リンパ節生検では、子宮
体癌から転移したと思われる腺癌組織を示し、かつ他の消化器系に異常を認めなかった
ことから、子宮腺筋症より腫瘍が発生したと判断せざる得なかった。
諸家の報告例における組織型をみると高分化腺癌のほかに、低分化線癌や扁平上皮
癌、明細胞癌、子宮内膜間質肉腫など一般に予後が悪いとされる特殊な組織型の体癌
も散見され、そのような症例では、発見時に癌が進行しているために、やはり前述の
診断基準を満たさない場合もあり、必ずしも予後は良好とはいえないようである。
今回の症例は、癌が子宮外に進展していたため、少なくとも開腹術を行う適応はあったが、
子宮筋層内に限局しているような例では開腹をする適応があるか否か、開腹術を施行する
場合の術式をどうするかなど診断に苦慮することも予想される。そのような場合には、dynamic
MRIなどの画像診断や腫瘍マーカー値などを参考に手術による確定診断も考慮すべきだろう。
本症例は、子宮内膜面に明らかな癌病巣を認めず、術前診断に苦慮したが、画像診などで
異常が疑われた場合には、腺筋症由来の子宮体癌の可能性も考慮すべきであると考えられた。
今回非常に稀な1例を紹介したが、子宮腺筋症と子宮内膜症は、閉経前の生殖機能温存
を希望する年代の疾患であり、Gn-RHアゴニストやダナゾールなど保存的に治療される場合
が多い。今回の話題ではないが、子宮筋腫もまた然りである。
摘出したほうがよいと説明しても、摘出を拒否されることも少なくない。薬物療法を行う
場合には、治療前に一度は、MRIなどの画像診断による精査と腫瘍マーカーを実施し、治療
中も漫然と薬のみと処方するのではなく、内診や経膣超音波など常に子宮および卵巣のサイズ
や性状を監視し、治療が一区切りついたところで再度、精密検査を施行するくらいの綿密な
管理が必要と思われる。治療前の画像で、悪性腫瘍との鑑別を要するような場合や薬物療法
を施行しているにもかかわらず、腫瘍の増大やマーカー値の上昇をみるような場合には、現在
の診断で本当に謝りはないのか、何か見落としはないかなど、常にいろいろなケースを想定して
再評価してみる必要がある。
昨今、医療過誤の訴訟が増えている。過誤ではないにせよ、内膜症といわれていたのに、突然
がんですといわれては納得できない場合もあろう。トラブルを未然に防ぐ意味からも内膜症に
まつわる癌についての情報を患者に与えるとともに、診療においても、常にその危険を監視して
いますという姿勢を示しつつ、患者とともにフォローする姿勢をとることが重要であると思われる。
(医学書院刊 2004年12月号 Vol.58 No.12
臨床婦人科産科 「 症例から学ぶ子宮内膜症
−子宮内膜症を侮るな 」
P1466〜P1469から抜粋・掲載しました。)