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第十二章 食べ物

 空腹になり、食べ物を口にする。食べると食欲が満たされて空腹感が消える。空腹な時に食べる食べ
物は何よりも美味しい。それが当然だとずっと思っていた。しかし、腺筋症が進み、貧血がひどくなり、痛
みも増していくとそれが怪しくなってきた。

 まず、痛みがひどい時は、水さえも飲めない。だから、当然のこととして空腹感も起きない。この場合は
、食欲もない。でも、それから少し状態が良くなってくると水だけからラーメンやうどんなどの麺類は食べら
れるが、まだご飯は食べられない状態が続く。そして、やがて麺類からご飯が食べられるようになっていく。

 ご飯が食べられるようになってきても、痛みが続くと空腹感が起きても食べたいという気持ちにはなら
ないことが起きてくる。食べてもすぐに食べたくなくなる。しかし、空腹感が、また出て来る。空腹感がある
ということは、食欲があるということだろう。食欲があるのに、食べ物が美味しくないという状態に陥ってか
ら、10年くらいは経つ。

 私の場合、生理になる2・3日前から、尿が近くなる。トイレに通う回数が増えてきたら、生理が近い
なと思う。勿論、痛みもどんよりとしたいつもの嫌なものが出てくる。腺筋症の症状が一番ひどい39歳
の頃は、どんよりとした鈍い痛みではなく、地獄に落ちていくような凄まじく不快な重みのある痛みが
あった。子宮の前と後ろに逆三角形の印が沢山出てきて、いかにも血の巡りが悪くなって明日にも子宮
内膜や病巣が剥がれますよと言わんばかりの状態だと外から見ても分かるような錯覚に陥るほどだった。

 あお向けなって寝ていると腰から下に地獄へ引っ張られていくようだった。逆三角形マークが出始め
る頃になると大好きでいつも飲んでいる緑茶が飲めなくなった。とにかく飲むと気持ちが悪くなるのだ。
そして、いつもは飲もうという気持ちにもならないコーラが飲みたくなるのだ。理由は分からないが、そう
なってしまう。

 ひどい痛みが過ぎて鎮痛剤で抑えられるようにまで痛みが落ち着いてきても、牛乳や生クリーム
やチョコレートや脂っこいものを口にすると途端に痛みが増してくる。また、玉ねぎやニラを食べる
と出血がひどくなる。漢方では、ニラは止血に効くと本に書いてあったが、私の場合は、逆のようだ。
玉ねぎは、うさぎに食べさせると血が止まらなくなって死ぬとかいう話しもあり、人間も同じように
出血をしている時は避けた方が無難だと思う。血液さらさらなんて言うが、私のような慢性的に貧血
状態にある人間は、玉ねぎなど食べなくてもいつも血液さらさらだ。赤血球が足りない分、流れが
淀む心配もない。

 腺筋症が進み、痛みの度合いも最高になり、ひどい貧血に陥るようになる5年に、それまではしょっ
ぱい物が好きだったのに、ケーキやチョコレートなど甘い物やいかにもカロリーの多そうなピザやグラタ
ンなどが猛烈に食べたくなった時期があった。その時は、食欲が即食べることに繋がっていたので、
当然の如く、太った。なのに、食べても食べても飽きることなく、食べたい気持ち、つまり食欲があった。

 このまま食欲に任せて食べていては、豚と同じじゃないかと意識的に食の改善を試みた。コントロール
をしていくうちに、異常な食欲は失せていった。いまから考えてみると体の中から鉄分を主として不足し
ていくものを食べ物から何とか取り入れていこうとする体の自然な反応だったような気がする。それに
しても不思議なのは、その時、食べたいと思った食べ物は、全て痛みがひどい時に、口にすると痛みが
一層強くなるものばかりだ。

 食欲や食べ物の好みは、腺筋症の進行につれて変化していくようだ。腺筋症の病巣が伝えるメッセ
ージをどのように考えたらいいのだろうか。もし、腺筋症だらけの子宮が私の体から全摘手術で取り去
ったとしたら、多分、私の食欲にも大きな変化が起きることだろう。食べ物と痛みや出血について書かれ
た内膜症や腺筋症の本を見かけたことがないのは何故だろうか。

第十三章 性格

 腺筋症や内膜症になりやすい体質や生活や環境が分かれば、予防や病気の進行を防ぐことが
できることになるだろう。ある本の中には、内膜症になりやすい人として、痩せ型、胃下垂型体型
男性型体質(って、どういう体質を指すのかだろか。)、真面目、几帳面、熱心、知的、粘り強い、
わがまま、自分勝手などが挙げられている。これは、どうやら統計的なものではなく、医師が、体験
として、内膜症を持つ患者から受けた印象から言われているものを指すらしい。

 他人に過剰に合わせて何事も円満に事を済ませようとする人は、にがんになりやすい性格だとか
競争心の激しい休むことを知らないで精力的に働く人は、心筋梗塞になりやすい性格の人が多いと
言わている。内膜症の人たちの性格については、がんや心筋梗塞になりやすい性格の傾向ほどの
確からしさは、果たして見出せるかは怪しい。

 私の場合に関して言えば、上記で挙げられた内膜症になりやすい体質や性格にある程度当てはま
っているように思う。しかし、医師が内膜症の患者から受ける印象は、患者が、既に内膜症となってし
まってから、数年後の姿である。だから、内膜症の病前性格というよりは病後性格だと考えてよいだろ
う。翻って自分のことを考えてみると、今の性格は、元々の性格は勿論のこと、腺筋症という病気での
闘病生活が、今の性格を形成されているところも大きいように感じる。腺筋症にならなければ、今頃は、
案外とのんびりと時間にルーズに暮らしていたかも知れない。痛みも出血も貧血に悩むこともなく、食べ
物が美味しくて、ころころと太っているかも知れない。

 内膜症や腺筋症が進み、痛みや出血や貧血などにより、毎日の生活に支障をきたすようになって
くると自然と粘り強く、真面目になっていく。食欲が失せることも多いので、自然と食べられなくなり
痩せ型に変わっていく人も少なくないだろう。人間は、病気があるとない時では、その性格のあり方も
変わってくると思う。

 病気とは関係なく、私は、時々、ふいに気分が重くなる。どうしてかと聞かれても分からない。また、
何の理由もないのに明るい気分に支配されることもある。だが、その時間は気分が塞ぐ時間に比べる
と短い。どうやら、私には、そうとうつが交互に支配される傾向があるようだ。明るい気分の時はともかく
、うつうつとした気分の時には、自然に任せているとなかなか脱出できなくなってしまう。スプレキュアを
服用して間もなく襲ってきた気分の重さとは、少し感じが異なるように思った。薬で引き起こされたうつ状態
は、自分の中側からではなく、自分の外側から重苦しさが押し寄せてくるような気持ちだった。

 気分が、うつうつとする時は、神経伝達物質の一つであるセロトニンの数値が下がるっているという。
そして、繊維筋痛症という病気では、このセロトニンの数値が極端に下がっているという。繊維筋痛症は、
リュウマチ疾患との相関性が高い病気だと言われている。繊維筋痛症の患者たちには、激しい痛みを
感じるのだが、モルヒネを投与しても、あまり効果が見られないらしい。

 繊維筋痛症の患者たちは、正しい診断を受けるまでに随分と時間がかかっている場合が多いようだ。
全身の激しい痛みについて、近しい人へ話してみても無視をされたり、逆にひどい扱いを受けたりしている。
そして今も決定的な治療方法がなく、治る人もいるが、そうではなく痛みにずっと苦しみ身動きの取れない
人たちも多い。腺筋症は、それに比べると恵まれていると思う。痛みも全身ではなく、子宮とその周辺に
限られている。また、子宮を全摘すれば、症状のかなりの部分が消滅する。医学用語では、しばしば突発
性とか本態性とかいう言葉で、病気の原因がはっきりしていないことを指す。子宮腺筋症だって、原因が
分かっていないので、本態性子宮腺筋症と言っていいかも知れない。繊維筋痛症ほどではないが、自分
の病気について、本当は腺筋症であるのに、子宮筋腫だとか子宮内膜症だと言われている人も多い。
筋腫も腺筋症も子宮が大きくなるし、最後は全摘するしかないので同じ病名で構わないと言っていた医
師もいたが、私は、そうは思わない。正しい病名があってこそ治療方針も立つというものだ。

 腺筋症も、繊維筋痛症の痛みと同じように、セロトニンの数値が低下しているかも知れない。人間は、
嫌な目に遭ったり、激しい痛みが続いたりすれば、当然ながら気分が滅入ってくる。そして、気分が憂鬱
になれば、血液中のセロトニンも減ってしまうかも知れない。そして、セロトニンが少なくなれば、ますます
痛みが強く感じるようになるという悪循環を起こしているかも知れない。

 この悪循環に陥らないために、気分が落ち込んでいる時は、他の楽しいことに関心を向けたり、別の
ことを考えたり行動することが必要だと思う。痛みを軽くするためにも、うつの時に気分転換を図ることは、
大切なことだと思う。人は、今、かかっている病気それよりも、その病気が今後悪くなるのではないかと
心配することにより、体調を崩している場合の方が多いのではないだろか。病気について知ることは必要
だが、心配ばかりして悩んでいるのは得策ではないと思う。

第十四章 ストレス

 腺筋症は、毎月毎月、少しずつではあるが、確実に進んでいった。だが、その進み方は、直線的では
なかった。受験勉強や受験があった時には、病気は急に悪化し、受験が済んだ後には、病状が軽くなっ
たりした。ストレスは、病気を進行させる大きな原因になっていると思う。

 私の場合、腺筋症が一気に悪化した原因は、母の病気である。平成2年の春に、母の膵臓がんが発覚
して以来、翌年の2月18日の死までの期間は、自分の健康を考える暇もないくらい強いストレスがあった。
このストレスは、母が死んでから後も長い間続いた。母の看病と親戚との感情の行き違い、医師との交渉
など気が重くなる事柄が次から次へと起きた。自分の子宮の調子がどんどん悪化するのは感じていた。
それまでは、生理の期間かそのあとにしかなかった痛みが、生理になる前に生理とは無関係に起きるよう
になった。それは、左下腹や下左の足の付け根に起きる引っ張られるような痛みだった。病気が進んで
いるな。無理をしてはいけないなと思った。しかし、自分の腺筋症を心配している余裕はなかった。

 母が死ぬまでは、動かなければならなかった。動くためには、とにかく痛み止めを飲み続けた。出血は増え、
そのために貧血もひどくなっていった。しかし、痛くて動けなくなることはなかった。母が死んで、痛み止めを
飲む量も減った。しかし、母の病気が発覚する前に比べると腺筋症による痛みと出血は、共に大きく異なって
いた。痛みの質が変化していた。それまでの痛みは、富士山登山のようなものだった。つまり、生理が始まっ
てから、出血が増える二日目から四日目あたりまでは、富士山を頂上を目指して登っている状態だった。
痛みも出血も時間の経過と共にその激しさを増していった。そして、その後は、あとは山を下っていくだけで
良かった。特に痛みは、急に軽くなっていった。出血の方も、たまには多くなることはあっても次第に収まっ
ていった。だから、腺筋症がつらいと言っても、毎月何日か辛抱すればよかった。

 しかし、母が死んで四十九日も済み、落ちいてみると生理でもないのに、左側の下腹から左の太腿の付け
根に痛みを感じるようになった。そして、そのうちに、太腿の付け根だけではなく、両方の足の太腿、前の部
分にまで痛みは広がっていった。太腿の前側の痛みは、お腹の痛みと違い、筋肉が硬くなっていて血の巡り
が悪くなっているような痛みだ。疲れやすくて頭がいつも重かった。これは、腺筋症の症状というよりも治療
していなかったために進行した貧血にせいだったと思う。貧血のせいで、よく食べ物を喉にひっかけた。体
全体がいつも冷えていた。貧血によって起きる虚血性の痛みも腺筋症の症状を重くしていたと思う。

 生理がなくても痛みが続いてくるといよいよこの病気を何とかしないといけないと思うようになってきた。
痛みに耐え切れずに、産婦人科へ行き、腺筋症と言われてからは、自分と同じように腺筋症と診断されて
悩んでいる人たちと会って話しがしてみたいとの思いが膨らんできた。病院へ行っても、患者話しをする
わけでもない。その中には、きっと私と同じく腺筋症と診断されて悩んでいる人もいるだろう。しかし、自分
と同じように話しがしたいと考えているかは分からない。でも、全国には、必ず同じ腺筋症仲間と話しがし
たいと思う人たちもいることだろう。その当時は、パソコンを持っていなかった。婦人病の自助グループへ
入会をした。この自助グループで、筋腫や内膜症や腺筋症で悩んでいる人たちを知り、その人たちとの交流
を通して、それまで一人で抱えていた色々なストレスが解消されていった。

 私にとって、婦人病の自助グループとの出会いは、大きな転換となった。パソコンを買い、インターネット
を始めたのも、この自助グループがその頃には珍しく会員を対象したメーリングリストを運営していたから
だ。だから、こうして自分でホームページを運営しているのも、自助グループのおかげだと言ってよい。
ひょんなことで、自分のホームページを開いていて思うのは、この小部屋を見つけて、腺筋症から感じる
ストレスが少しでも減ってくれたらいいなということです。自分が、インターネットで初めて「子宮腺筋症」
や「腺筋症」と入力をして検索した時に、ヒットするホームページがなくて、とてもがっかりとした。その一方で、
「子宮筋腫」「子宮内膜症」で検索してみたら、ずらずらと沢山のホームページがヒットした。その時の驚き
と何故、子宮腺筋症に関する患者の側に立ったホームページが作られていないことに対する怒りを思い出す。

 もし、今、この小部屋がなかったとしたら、子宮腺筋症で、ホームページを検索した人たちは、昔の私
と同じように落胆することになるのかなぁと考えたりする。いや、そうでもないのかも知れない。なければ
ないで、他のサイトの掲示板へ書き込むことで満足するかも知れないなとも思ってみたりする。腺筋症
に関するホームページがどんどん増えていけば、私にとっても他の腺筋症患者たちにとっても、視野が
広がると思う。腺筋症患者にとって、ホームページへアクセスすることは、ストレス解消にはなるけれど、
ホームページを作ることは、大きなストレスなのかも知れない。でも、全国には、私のようにホームページ
を作って、多くの仲間と語り合いたいと考える人も一人か二人はいると信じたい。

第十五章 たんぱく質

 たんぱく質と聞いて、何を思い出すだろうか。肉だろうか。大豆だろうか。腺筋症に限らず、何でも病気
の鍵を握っているのは、たんぱく質といってもいいだろう。病気になるということは、必要なたんぱく質が
作られなくなったか、逆に正常では作られないはずのたんぱく質が過剰に作られることだ。人間のDNA
と呼ばれる遺伝子は、リン酸と五炭糖と塩基(A(アクチン)、T(チミン)、C(シトシン)、G(グアニン))で
構成されいいる。そして、この塩基の三つで、アミノ酸を作っている。そして、そのアミノ酸の短いものが、
ペプチドと呼ばれるたんぱく質であり、もっと長いものが、たんぱく質になる。

 生物のDNAは、植物でも動物でもよく似ている。この塩基で書かれた情報、つまりどんなたんぱく質が
作られるかによって、サルにも人間にもなる。人間の染色体は、全部で23対あり、そのうちの22対は、
常染色体といい、残りの1対が、性染色体という。ハンチントン病は、常染色体の4番目のX形のうちの
短い腕の部分にある一塩基の文字が異なっている点突然変異で起きる死に至る残酷な病いだ。たった
塩基文字一文字の差が、優性遺伝していく。

 突然変異は、このように僅かな違いでも、大きな病気を引き起こす場合が多い。それに比べて、遺伝子
多型と呼ばれる、それほど問題とされない部分の塩基の違いが、人の遺伝子には、0.1%はあるといわれ
ている。この違いは、個人差、つまり体質と片付けられている。DNAのうち、人の遺伝子は、約3万ある
と言われているので、遺伝子多型は、約200万から300万にも達すると推察されている。

 遺伝子多型は、病気を起こす力は、突然変異ほど強いものはないが、生活習慣病など日常的に
見られる病気の元凶となっている。おそらく、腺筋症や内膜症といった病気も、この遺伝子多型に
よるものだろう。

 狂牛病は、異常たんぱく質である異常プリオンと呼ばれるものが、食事を通して、脳などに蓄積さ
れて、増殖することにより、正常なプリオンが壊死して死ぬ病気だ。加熱をしても病原性を保つ、この
特殊なたんぱく質の存在には、驚かされた。何かを食べることにより、異常なたんぱく質が増殖をし
て、病気が伝染することも考えられるということだ。

 もしかすると腺筋症や内膜症あるいは子宮筋腫も、もしかすると異常なたんぱく質を摂取すること
により、もしかすると引き起こされているかも知れない。狂牛病の場合は、それがたまたま脳や脊髄
といった個所に選択的に溜まりやすい。もしかすると子宮に選択的に溜まりやすい異常たんぱく質と
いうものがあるやも知れないなとふと思ったりする。そして、その摂取量や症状や病気の出方に、個
人差が出ているだけかも知れない。まさか食べ物が原因で、直接そんな病気が起きるなんてあり得
ない、とは言えないのではないだろうか。狂牛病の原因が、異常プリオンだと明らかになるまでに、
異常プリオンを発見した人物は、科学者やいわゆる知識人に、そんな馬鹿なことがあるものかと陰口
を叩かれたそうだ。

 人の遺伝子が作り出しているのは、たんぱく質で、そのたんぱく質が、体だけではなく、人の心をも
支配している。人が人である設計図が、全てたんぱく質で作られている。そう考えると、たんぱく質と
いう物質は、本当に魅惑的で、かつ不思議な物質だと思う。

第十六章 平滑筋

 子宮の筋肉も胃や腸など内臓の筋肉も同じ平滑筋でできている。だから、子宮や腺筋症の病巣
から、プロスタグラディンが分泌されると本来の目的である子宮の筋肉を収縮させると共に、胃腸の
筋肉をも収縮させることとなる。そこで、生理時に生理痛と共に吐き気や嘔吐が生じることとなる。

 腺筋症に侵された子宮は、正常な子宮と異なり、子宮は肥大し、筋肉も柔軟性を失い、硬いものに
変わっている。腺筋症の子宮が収縮過剰になるのは、この硬さのせいでもあると思う。腺筋症で硬く
なった子宮の状態は、古くなったゴムと同じように、その柔軟性を失い、押しても元のようには戻りにく
くなる。新しい時は、ゴムは、よく伸び、そして速やかに元の形に戻る。これが、硬くても薄いゴムひも
であれば、どうなるか?少しの力で、ゴムは伸びることもなく途中で切れてしまうだろう。今度は、ゴム
を厚くしてみたらどうだろうか?今度は、切れないか、切るにしてもかなりの力を要することだろう。

 子宮の筋肉は、ゴムとは異なり、生きている。だから、縮もうとする力も失われはしない。但し、腺筋症
の部分の柔軟性は衰えている。子宮の内膜を排出するために、子宮の筋肉は収縮と拡張を繰り返す。
腺筋症の場合、収縮はできるが、拡張をするのが難しい。収縮の前には、十分な拡張が必要だ。例えば
、心臓の筋肉を考えてみよう。心臓のポンプ機能が低下する場合には、二種類の状況がある。一つは、
心臓の筋肉の壁が次第に厚くなり続ける場合だ。この場合、心臓の筋肉は、容易に収縮できるが拡張
するのは難しい。もう一つは、これとは逆に次第に心臓が大きくなり続けて、そのために心臓の筋肉が
引き伸ばされて紙のように薄くなってしまう場合だ。この場合は、拡張には、それほどの力はいらない
が、収縮することができないようになってしまう。いずれにしろ、血液を送り出すためのポンプ機能が低下
する。このことを子宮の場合に置き換えて考えてみる。子宮の内膜を排出するためには、子宮の筋肉が
滑らかにリズミカルに収縮し、拡張しなければならないということになると思う。腺筋症の場合は、拡張
しようとして、過度に収縮を繰り返すことになるのではないだろうか。痛みで言えば、雑巾を絞った時の
ような捻じれるような痛みが、それに当たるような気がする。子宮を両側から鷲つかみにされたような
痛みは、プロスタグラディンそのものの働きによるものかも知れない。

 生理の時に、激痛に眠れない夜に、こんな腺筋症の痛みや病気について、色々とあれこれ考えたり
する。ただ単に痛い・痛いぞの言葉で頭の中の全てが占められるのは、癪に障る。そこで、屁理屈など
をこねってみるのだ。痛みの原因や治療方法など極めて現実的なものからSFめいた非現実的なもの
まで、次から次へと頭の中を駆けていく。生理で我慢できないつらい痛みに襲われた時、こんなことに
思いをめぐらしているのは、私だけでしょうか。

第十七章 乳房

 腺筋症の痛みに耐えかねて、もうこれまでよと敷居の高い産婦人科の門を叩いたのは、39歳の
時のことだった。初潮以来、生理が近くづいてくるとお乳がバンバンに張っていた。それが、腺筋症
の進行と共に、生理前に胸が張る期間が長くなり始めた。そして、その胸の張りの度合いも増してい
った。これは、多分、子宮の病巣が積極的に作り出す女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロン
が、乳房に作用を及ぼしてきたのだと思う。

39歳で腺筋症の痛みと出血に降参をする前の30歳頃以降は、目に見えてこの乳房の張りが
ひどくなっていった。自分は、乳搾りの時間前のホルスタイン牛かと思うほど、乳房が張って硬く
なり、痛みまで出る始末だった。全摘を避けるためにとスプレキュアを使い始めるとこのホルスタイ
ン牛は、鳴りを潜めて、筋肉の張りを失い、肌と共に垂れ乳の危機に瀕した。女性ホルモンの力と
その凄さにびっくりさせられた。

 月経前緊張症の一つに、この乳房痛がある。腺筋症や内膜症、筋腫の女性も抹消血、つまり
体内を駆け巡ってする血液それ自体に含まれる女性ホルモンの分泌量は、正常の女性とは何ら
変わらないという。それなのに私は、ひどい乳房痛に襲われていた。考えてみると乳房痛や乳房
が張った感じは、1ヶ月のうち半月くらいはあった。それが、スプレキュアワンクール6ヶ月間した
後は、つい最近まで、乳房の張りや痛みを感じることはなかった。スプレキュアは、使っているその
時だけの影響だと言われているが、そうではないと思う。

 痛みの出方にも変化があった。スプレキュアを服用する前の痛みは、生理の三日前くらいから
子宮のあるあたりから腰にかけての部分のあちこちに灰色の逆三角形マークがへばりついていて、
それがいかにも血管が細くなって子宮内膜や病巣に出来た子宮内膜のようなものも間もなく剥が
れるぞと警告を発しているかのようだった。その存在感は、不気味なものだった。この感覚が現れ
ると恐怖の生理がやって来ると逃げ出したくなったものだった。

 ところが、スプレキュア後は、恐怖の逆三角形マークが消えた。子宮の大きさもスフレキュア前
に比べるとほぼ同じくらいにまで、すぐになってしまったようだ。しかし、症状、特に痛みの感じ方
が変わった。スプレキュア服用前の地獄への一本道を歩くしかない絶望感と子宮は全摘するしか
ないのかという失望感溢れる感情は、起きていない。まだ何とかなりそうな気持ちになれる痛み
に変わった。

 腺筋症は、子宮筋層内に、子宮内膜と組織が同じ病巣と子宮内膜もどきの病巣とが混在して
いると思う。その子宮内膜と同じ組織の部分が消えてくれたのではないだろうか。それと子宮
内膜それ自体の女性ホルモンに対する局所的に強い感受性を示すという性格にも変化が生じた
ように思う。

 乳房の方へもそれはあるように思う。腺筋症や内膜症の人たちの中には、乳房に対する局所的
な女性ホルモンの受容体の増加と濃縮があるように思う。私が、乳房の張りに悩まされたのは、
初潮前のことだ。最初は、五円玉みたいだったお乳のこりこりが、やがて五十円玉になった頃、
間もなく生理という劇的な子供から大人へのイベントが起こると考えてうんざりしたものだ。私は、
女性らしくはなりたくはなかった。かといって、男性になりたいというわけでもなかった。ただ、女に
なるのは、不自由であり不便だなという思いがあった。

 子供の頃から、喘息や蕁麻疹などのアレルギーに悩まされていた。体が丈夫ならいいのにと
いつも思っていた。胸が大きくなり、体も丸みを帯び始めた。もし、このまま生理が始まれば、毎月
これから先ずっと生理と付き合わなければならない。もしかするとこの生理現象は、ますます私の
健康を害していくものになるのではないかという危惧を抱いた。生理痛で悩まされる予感があった。
そうならなければいいなと思い迎えた初潮だった。しかし、現実は、恐れていた通りであった。
最初のその時から、しっかりと私の子宮は生理痛を起こした。

 腺筋症の発症には、下垂体から分泌されるプロラクチンという妊娠中や出産後に乳房から乳汁
を出し、卵巣からの排卵を止める働きをするホルモンの関与が疑われている。プロラクチンは、
胃腸薬などの薬を飲むことにより数値が上がる場合や原因が良く分からないまま数値が上がる
場合がある。そして、この数値が高くなると生理が止まったり、乳汁が出たり、不妊症に悩まされた
りする。

 私は、別に生理が止まったり乳汁が出たりしたことはないが、この乳房を刺激するプロラクチン
の存在が気になっている。初潮前の下垂体への刺激が、腺筋症の下地を作っているように思う。
そして、その後の絶え間ない乳房への女性ホルモンによる刺激と腺筋症の進行との間にも関係
があるように思う。

第十八章  闘病記

 最近では、有名人や作家のみならず、一般の人たちも、自分が体験をした治療や入院の記録
を基にした闘病記を一冊の本にしている。自費出版が多いと思うが、最初から書店での販売を
目的にして原稿を書いている人たちもいる。闘病記で語られる一番多い病気は、おそらくは、がん
だろうと思う。そのほか、最近では、有名人も倒れることが多くなった脳梗塞や心筋梗塞の闘病記
だろうか。

 女性の病気に関する闘病記としては、子宮や卵巣の病気のほか、不妊治療の顛末を描いたもの
も発刊されている。筋腫や内膜症に関する闘病記それ自体の本の数は、三大習慣生活病に比べる
とぐっと少ない。その中から、腺筋症の闘病記を選択的に購入するのは、とても難しい。なぜなら、
本のタイトルや副タイトルのどこにも、子宮腺筋症や腺筋症の文字が出て来ないからだ。売る側の
立場から考えてみて、目立つタイトルに、知名度の低い腺筋症と付けても、まず目に止まらない。
従って、売れないと踏んでいるのだろう。だが、しかし、私は言いたい。(って、こんなHPなど出版
関係者が読んでくれているとは思えないのだが。)『子宮筋腫 女のからだの常識』や『子宮への
レクイエム』というその本を手に取って内容を読まなければ、その本の主題が、子宮腺筋症である
ということが分からないというのは、いかにも不便だ。

 私の場合は、田舎に住んでいて近くに雑誌を売っているところはあっても、本屋と呼べる店が
近くにない。だから、新聞や雑誌の広告を見て、インターネットで本を注文したり、二ヶ月に一度、
自助活動の会合のために、札幌へ出掛ける時に、本屋へ行き、探して買って読むことになる。
本屋に行って立ち読みができる場合は、その内容を調べられるので、その本に書かれている
病気が腺筋症だということが分かる。しかし、その多くの場合は、広告でタイトルや本についての
内容をまとめた文章から、これはと思うものを注文することとなる。

 こんな時、タイトルの中に、子宮腺筋症や腺筋症の文字が入っていれば、苦労することもない。
出版社の人たちは、腺筋症が、筋腫と同様に、ごくありふれた病気だということを知らないのでは
ないだろうか。知っていれば、逆に意識をしてタイトルとして取り上げることだろう。腺筋症と診断
された患者の一人として、医師が書いた腺筋症だけについて書かれた本や腺筋症がタイトルに
ある闘病記をどんどん出版して欲しい。患者は、そういう本を待っているのだ。また、筋腫か内膜症
かよく分からないタイトルで本の売上を図るよりも、良心的だ。また、適切なる読み手へのメッセージ
にもなるだろう。出版社の方は、そのことを考えてもらいたい。

 こうして何冊かの子宮の病気についての闘病記を読んでみて思った。書店で売られている闘病記
は、闘病記というより闘病後記だ。そして、結婚をし、妊娠をし、あるいは子供を産み、病気が発覚、
色々な悪戦苦闘の治療の上に、全摘を決断し、今思うことは・・・というパターンが多い。特に、妊娠
と出産と全摘がセットとなっている場合が多い。腺筋症は、結局、全摘するしかない。色々な治療を
試みて自分なりに努力はしてみたが、現代医学では、これが限界。他の人には勧められないが、私の
場合は、これが最良の選択だと信じている。良い先生と巡り合えたことにも感謝をしている。そういう
終わり方をしている。

 内膜症で長年苦しんだ芸能人として、有名なシンガーソングライターの平松愛理さんの本を読んだ。
その本の中で、平松さんの内膜症は、凍結骨盤と言われる重症の内膜症だったことと共に、子宮
の一部が腺筋症となっていて、それが激痛の大きな原因だったのではないかと医師から告げられた
と書かれてある。しかし、このことは、テレビで報道された場合にも触れられていない。それどころか、
内膜症にも関わらずに結婚と妊娠ができたという点が重視されている。平松さんの場合は、内膜症と
いう病気そのものに対する理解を深める番組がなかなか作られていないのが、不思議だ。そして、
とても残念だ。テレビ局の方も、内膜症は、痛みがひどい。子供ができない。それが奇跡的に〜とそれ
がまるで約束事かのように番組を編集している。これでは、いつまで経っても内膜症の正しい理解が
進まないのではないだろうか。筋腫にしても、婦人病の代表として、女性の病気を特集する際には、よく
取り上げられるが、まるでお笑い番組風に面白おかしく伝えられたりする。もっと真面目に詳しく時間を
かけて番組を作れないものだろうか。NHKのきょうの健康では、筋腫や内膜症の概要が分かる番組
になっている。しかし、腺筋症単独で取り上げられたことは残念ながらまだない。

 腺筋症という病気の知名度が上がれば、もしかすると各テレビ局も腺筋症を取り上げ始めるかも
知れない。そのためにも、腺筋症の名前が入ったタイトルの闘病記が数多く発刊されるようになれば
いいなと思う。

第十九章 仲間

 自分が腺筋症だと診断され、リュープリンによる治療が済み、その副作用も段段と消えていった頃、
私は、同じ腺筋症の人たちと直に話しをし、病気について語り合いたいと痛烈に思った。そして、全国
組織の良性疾患の婦人病の自助グループへ参加した。そして、その中で、全国の腺筋症の人たちと
話しをすることができた。

 同じ病気の人たちと同じ場で、気兼ねなく病気について意見し合えることに、大げさかも知れないが、
生まれて初めてどれだけほっとしたか分からない。それまで、ずっと口に出せずにいた言葉が次から
次へと湧き出てきた。そして、自助グループに入って本当に良かったと思った。これで、私の仲間探し
の旅もようやく終わりを告げることができたとそう思った。しかし、それは、間違っていた。自分が求め
ていた触れ合いとは異なり、それがよそよそしいものに感じた。何かが足りない。そう思った。

 今、私は、北海道で、自助グループを運営している。腺筋症のほか、筋腫や内膜症の人たちが参加
している。二ヶ月に一度、札幌で会合を開いてもいる。会合に参加する人は、やはり筋腫の人が多い。
しかし、内膜症や腺筋症だという人も以前に比べると増えてきている。婦人病に悩む同士なので、
すぐに旧知の仲であるかのように気さくに話せるようになる。こうして子宮や卵巣の病気に悩む者同士
だからこそ話せる場があるのは、本当にいいなぁと思う。新しく参加した方も勉強になったと帰っていか
れるが、私もまたいつも沢山勉強させて頂いている。残念ながら、会合へ参加されても最近は殆どの
方が会員とはならない。でも、会員にならなくても、別にいいのだ。同じような病気を持って一人で悩まず
に体験者たちの話しを聞くことができる場所が持てることに意義があると思う。私の自助グループでは、
一切、お金は取っていない。以前に、会費を徴収していたことがあり、その時の資金がまだ残っている
からだ。会合は、文字だけのインターネットとは別の深みと親しみを感じる。色々としんどい思いもするが
楽しいことも山ほどある。

 自分が目指す温かみのある腺筋症たちの交流はないのか。そういう思いから、インターネットでの同病
に悩む仲間を募集してのメル友探しや内膜症や筋腫のHPでの掲示板への投稿も考えてみた。しかし、
それがうまくいくとは思えなかった。腺筋症の患者である仲間たちが、そのような場所を確実に見つけて
くれるかどうかは疑わしいからだ。だったら、発想を転換して、闘病記のタイトルではないが、子宮腺筋症
そのものスバリをタイトルにしたHPを作ってみてはどうだろうかと考えた。タイトルに腺筋症の文字が入っ
ていれば、腺筋症か子宮腺筋症と検索サイトで入力すれば、小部屋のHPを見つけられるだろう。そう考え
た。目指したHPは、腺筋症の人が、腺筋症で検索して出来るHPだった。

 自助グループのような集団が運営するものは、自分の希望する形での運営は人間関係が絡んでいて
とても難しい。しかし、個人であれば、それも容易である。自助グループでの常識的だが、あまり人間臭さ
が感じられない交流ではなく、ここに集えば、ほっとできる。そして自由に自分の感じたことを書き込める
場所を提供したいと思っている。とにかく難しいことはいらない。今の自分のままで参加できる場が一番だ
と思う。顔を合わせて世間話も交えて、その人たちの声や姿を目にして時間を過ごすことは理想だが、
現実的ではない。だから、インターネットの良い点を活かしての交流を大切にしていこうと思う。全世界から
自分の都合の良い時間帯と場所で閲覧と書き込みをする。気兼ねなく素のままの自分でいられるHPを
目指していきたいと考えている。 

第二十章 プロスタグラディン

 毎日のように悩まされている子宮の痛みは、私の場合は、プロスタグラディンの分泌によるようだ。
人によっては、ロキソニンやボルタレンなどの抗プロスタグラディン作用が主である解熱鎮痛剤が
あまり効かない。そういう人の中には、アレルギーに効くとされる抗ロイコトリエンが痛みに効く場合
もあるようだ。

 プロスタグラディンが、分泌されると血管が開き、発熱がある。免疫学に詳しい安保徹先生の本に
よれば、この痛みを止めるために、抗プロスタグラディンである解熱鎮痛剤を飲むことは、交感神経
を緊張させて血管を狭めて血流を止めることとなる。病気を治そうと体が、プロスタグラディンを分泌
させて血流を増やす働きを止めることになる。従って、いつまで経っても、痛みの根本は治せない。
だから、解熱鎮痛剤は飲まないように努力しないといけないという。大体、血流を止めて治るような
病気はあるだろうかということが出発点だったらしい。

 痛みがあると血圧が上がる。そして発熱もある。プロスタグラディンの痛みが交感神経を緊張させる
ことによりなくすることが出来るということは、腺筋症の痛みが起きている時の体の状態は、副交感
神経優位に傾いているということだろう。痛みがひどい時は、胃の腸側の幽門部が収縮し、食道側の
噴門部が開き、吐き気または嘔吐をしてしまう。腺筋症の痛みと共につらい症状だ。これも副交感
神経が緊張して起きている。子宮自体の血管は広がっているのかも知れない。でも、子宮の筋肉は
硬く収縮している。私の場合は、主に左下腹部に痛みが集中してあるのだが、痛みがある時は、左
足の血流が明らかに悪くなっている。右足と比べてみると明らかに冷たくなっているのだ。

 解熱鎮痛剤が交感神経を刺激して、それがストレスとなり、がんになりやすい体質を作っている
と安保先生は言う。だから、むやみに継続して痛み止めを飲み続けるのは良くないと言う。でも、
実際、毎日のように痛みがある人にとっては、痛み止めを飲まずに我慢するのは、とても難しいことだ。
私自身も痛み止めは、やはりあまり飲みたくないと思い、生理時に痛み止めを飲まずに済ませたこと
がある。一度だけでは何とも言えないと思い、三度ほど体験してみた。結果は、悲惨なものだった。
とにかく何も出来ない。出来ないだけでなく、人間辞めますか鎮痛剤飲みますかという状態に陥る。

 痛みが起きて、それをただじっと放っておくと小さな痛みは、少しずつ痛みの程度が上がっていく
もののようだ。そして痛みがピークに達すると髪の毛が逆立つほどの猛烈な痛みが起きる。その痛み
は、子宮から脳天まで槍が突き抜けていくようだ。冬で寒い部屋にあっても、その痛みを堪えている
と血圧も上がり、汗がだらだらと噴き出てくる。こんな痛みがずっと続いたら、確実に精神が破壊され
てしまうことだろう。ところが、子宮の痛みは、激しい痛みの中にも、間がある。一度、痛みがひいた
あと、また大波がやってくる。そんなことを繰り返しているうちに、今度は胃の部分が膨れてくる。
そして嘔吐が続く。食べてもいないのに唾液だけが出てくる。そして、痛みと出血に苦しんだ後に、
どうしようもなく疲れてつかの間、寝ている。が、また間もなく襲ってくる強い痛みに目が覚める。上
からも下からも体全体から水分が出ていく。鎮痛剤に頼らず、こんな生理を何度繰り返していけば
痛みから解放されるのだろうか。少しずつでも痛みが緩和されていくものならし甲斐もある。が、おそらく
、何年かかっても、それは無理だろう。

 アレルギー体質でもある私の場合は、日頃から副交感神経が優位な状態にあると思う。その状態は、
プロスタグラディンが分泌され、子宮の痛みが増す時は、更に副交感神経が優位となり、交感神経との
バランスがかなり崩れているのだろうと思う。だから、ロキソニンを飲み、交感神経を緊張させることで
交感神経と副交感神経とのパランスを正常に保つことができることになるのではないかと思う。プロスタ
グラディンは、細胞を生き生きとさせる働きや胃粘膜を保護する働きもある。胃の粘膜の保護はともかく、
腺筋症の病巣の細胞など生き生きさせては欲しくないものだ。血流だって、病巣なんかに沢山送り込み
たくはない。とはいえ、やはり痛み止めは、なるべく飲みたくないと思っている。だから、自分の適量を
探るためにも、1錠を4分割して飲んでいる。先ず最初に、4/1錠。それで効かない場合は、また4/1
錠と一時間くらいの時間を置いて様子を見てみる。最初から1錠飲めば、ほどなく痛みが消えていくの
は分かっていても、薬の耐性を避けて適量を知るためにも、分割して痛みの経過を観察している。

 腺筋症の病巣からのプロスタグラディンの分泌量を減らすことが出来れば、きっと腺筋症も付き合い
やすくなることだろう。内膜症について、腺筋症の場合は、内膜症に比べて痛みよりも過多月経を訴え
る場合が多い。この病気は、幸い?出産後の女性に多く、全摘を勧めても抵抗は少ない。また、痛みも、
内膜症に比べると軽いと書いてある内膜症の本を読んだことがある。これを読んだ内膜症の人は、著者が
医師だけに、腺筋症とは多分そのようなものだろうと考えることだろう。腺筋症についての本ではないが、
取り上げる以上は、その人の思いや印象ではなく、腺筋症患者から話しを聞くなり、良く調べてから書い
て欲しいものである。

第二十一章 全摘手術後の卵巣機能

 48歳で腺筋症と3年間悪戦苦闘の末、結局は痛みから逃れるためには、子宮の全摘とチョコレート嚢
腫の片方の卵巣を取るしかないと悟った女性が、あと少しで閉経になるのではないか。であるならば、
ホルモン剤を何年間か続けてみたい。そう医師に告げるシーンが彼女の書いた闘病記にある。その時の
医師の言葉は、「いえ、あと少くとも5年間はあります。筋腫や腺筋症になる人たちは、他の人たちに比べて
卵巣の働きがよくて閉経が遅くなります。」だった。でも、彼女は、子宮全摘後、これで腺筋症とも厄介な更
年期障害とも無縁と考えていたにも関わらず、更年期障害に悩まされることになった。これは、たまたま偶然
に、更年期の時期と全摘の時期が重なっただけなのだろうか。しかし、医師は、彼女に、このまま子宮を取ら
ないならば、あとこれから先、何年もの間、生理は続くと断言しているのだ。例え生理はあっても、既に更年期
に入っていたからとでもいうのだろうか。

 さて、私の所属している地元の自助グループの中にも、40歳を過ぎて腺筋症が原因で全摘をした人が
二人いる。一人は、独身で43歳の時、子宮の全摘をした。その全摘は、彼女が覚悟の上で決断したもので
はなかった。ホルモン剤による治療を繰り返していたのだが、ある時、生理時の出血がひどくて、出血を止
めてもらいたいと病院へ駆け込んだ。そんな状況の中、出血を止めるためには、全摘しかないと言われたそ
うだ。そんな不安定な心理状態の中、ともかく、このまま出血が続いたらどうしようという恐怖心が先立ち、
子宮の全摘を承諾したという。

 それまでの彼女は、生理によるひどい痛みは、大体三日間くらいのものだった。あと生理と生理以外に
起こる痛みが、月の三分の一あり、あとの三分の一は、痛みはないが、あまり体調が優れない日、そして
残りが元気な日だったという。それが、全摘後は、どうなったかというと痛みはないが、月の全てが、
体調がよくない状態になったという。足が腫れてきたと思ったら、痛風だと診断された。背中が痛いと
放射線科の医師に診てもらうと子宮を全摘したため骨が弱くなっているのでしょうと言われたそうだ。
「私は、子宮は取ったけれど卵巣は両方共残っています。」と驚いて言い返すと「いえ、子宮を取っただけ
で卵巣を残しているという人でも結構、骨粗鬆症気味になっている人は多いですよ。」と明るく話した
そうだ。医師は、子宮は取っても卵巣さえ残していれば、今まで通りで何の影響もないと言って、子宮
の全摘を勧める。だが、彼女は言う。全摘した今よりも痛みと出血と貧血に苦しんでいた頃の方が良かっ
たと。勿論、子宮を全摘して卵巣の機能も落ちず、腺筋症の痛みと出血から解放されて生活の質を向上
させる人も多いだろう。しかし、その場合でも、長期的に見て良かったかどうかは何年か経ってみなけれ
ば分からないと思う。

 自助グループで、腺筋症で全摘したもう一人は、46歳で既婚、子供が一人いる。本人が言うには、
生理になって以来、一度も生理痛に悩まされない生理はなかったそうだ。21歳で結婚するまでの間
は、どんどん痛みと出血が激しく何度か倒れたこともあるらしい。それが、結婚をして子供を出産して
から、生理が軽くなったそうだ。しかし、40歳を過ぎた頃から、若い頃のように痛みがひどくなり始めて、
生理の時には、のた打ち回るほどになった。すぐに、産婦人科へ行き、腺筋症だと診断された。43歳
だった。半年間の熟慮の末、全摘を決意した。そして、全摘しようとしたのだが、血圧と血糖値が高く
て、そのコントロールをしないと恐ろしくて手術は出来ないと言われて困ってしまった。

 とにかく痛いのは、つらい。動けない。私にとっては、もう子供を産む必要性はない。好きな音楽を
したり、コンサートへ出かけたり、パートで働いたりできないのは困る。とにかく生理はいらない。医師
と相談した上で、ホルモン剤や低用量ピルなどの治療を約2年間繰り返し、とうとう45歳で全摘をした。
全摘後は、尿が出づらいのが気になるとこぼしていたが、それも半年経って改善されたようだ。ただ、
尿の出が改善されたのはいいが、痛みも復活してきたようだ。医師からは、卵巣も両方ともに綺麗で
子宮以外の部分には病気はないと太鼓判を押されたそうだが、どうやら、どこかに内膜症の芽が潜んで
いたようだ。更年期障害に良く見られるホットフラッシュがあるが、さほどのものではないようだ。彼女の
場合は、排卵の時期に、痛みがあるといっても、子宮を取り、生理がなくなって永久に生理痛から解放さ
れたという満足感が強いようだ。

 子宮動脈塞栓術(UAE)のような開腹しない施術でも、施術後の卵巣の機能低下は見られることが
結構あるようだ。15%とも言われている。開腹手術の場合は、25%の四人に一人だとも言われている。
大体、40歳を過ぎた女性に起きることが多いと言われている。45歳を過ぎるとUAEでも、卵巣機能の
低下が著しく、そのまま閉経してしまう場合もあるようだ。思うに、女性の卵巣は、30代は、35歳を超える
とマルコウと言われてはいるが、40歳になるまでは、それほどの卵巣の機能低下はない。しかし、40歳
を超えるとちょっとしたことで、卵巣の機能は低下してしまうのだろう。それが心から来るストレスの場合
もあるし、体が受けるストレスによる場合もあるのだと思う。

 殆どの医師は、子宮を取ることになり、子宮から卵巣へ行く血流の低下は、僅か100分の1に過ぎず、
それが原因で、卵巣の機能が低下することなどはないと考えているようだ。だから、子宮全摘後、それに
プラスして片方の卵巣を摘出したとしても、卵巣には代償機能があり、片方の卵巣が摘出されたとしても、
残りの卵巣がその失われた機能をカバーするので支障がないと言う。だから、全摘後、具合が悪いと
またやって来る患者に気のせいだとかもう悪いところを取ったので具合の悪いはずはないと冷たく突き放
すことが出来るのだろう。

 手術を受ける前は、患者の声に熱心に耳を傾けて子宮や卵巣の全摘を勧める。そして、結局は、患者
のためになると色々な知識を持って説明をし、患者の信頼を得るのだと思う。だが、一度、全摘手術が
終わってしまうと医師は、患者に対してしごく冷淡になることが多いようだ。関心を急激に失ってしまうよう
だ。忙しいとあとは精神科で診てもらえというのは、あまりにもひどい。心と体の両面から治療をするという
医学の原点を忘れた医師が多いのではないだろうか。

 現代医学の場合、子宮腺筋症の完治は、子宮の全摘しかないのは事実だろう。内膜症や腺筋症は
悪性ではないが、臨床的には悪性の疾患と言ってもいいだろう。内膜症や腺筋症を治すのは、がんが
克服されないことには不可能だろう。私は長い間、子宮を温存することに努力を重ねてきたが、子宮
全摘後の晴れやかな表情をした患者の姿を見ていて、もっと早く全摘手術を勧めるべきだったと今は
考えている。そのように述べた臨床医がいる。その記述を読んだ腺筋症患者の一人は、その言葉で
全摘しかないと悟ったのだそうだ。彼女は、同じ腺筋症に悩む人たちのためになればと闘病記を出した。

 腺筋症の場合、全摘が悩みでもあると同時に救いでもある。全摘をして本当に良かったという人も
沢山いることだろう。ただ、私自身は、後悔するように思う。全摘をしたら痛みからは解放されるだろう。
煩わしい過多月経とも永遠におさらばだ。子宮のご機嫌を伺い、毎日、怯えて生活も振り回されること
もなくなるだろう。また、出血もないのだから、貧血に苦しむこともなく、鉄剤だって飲まないで済む。
胃腸の調子も良くなることだろう。食欲も増すだろう。別に子供を産む予定はない。だから、腺筋症で
妊娠しようと努力したり悩んだりすることもない。肉体的にもし早い更年期障害が起きても、それは何とか
克服できるように思う。しかし、子宮という臓器を取り出したことに悔いが残る気がする。そんなもの実際
に全摘してみれば、あっけないもので、元々、子宮があったことさえも忘れてしまうのではないかと筋腫
で全摘した人から言われたことがある。あるいは、そうかも知れない。しかし、少なくとも、今は私は全摘
をためらう。

 腎臓病で透析を受け始めた患者には、しばしば不均衡症候群が起きる。これは、今までは、悪いなり
に体のミネラルなどのバランスが取れていたものが、突然、毒素が取り除かれることにより、かえって
具合が悪くなる状態をいう。そういう状態になるような気がするのだ。そんな予感がするのだ。結局、
全摘を避けようという気持ちが強いから、全摘により起こる悪いことを考えるのだろう。


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