第百八章 非ステロイド系消炎鎮痛剤腎炎
父が2006年8月31日に腹部大動脈瘤の手術を受けた。父の腹部大動脈瘤は直径が
ほぼ60ミリ、つまり6センチだった。腹部大動脈瘤は、5センチ以上の大きさになると破裂
する危険性が高まる。しかも、手術をして大動脈瘤の部分を切除して人工血管に替えなけ
ればいけない。自然治癒は望めない。父の場合は、平成15年つまり、2003年の夏に受け
た心臓の冠状動脈を広げる血管内治療(風船療法)であるPTCA(経皮的冠動脈形成術)を
受けた時に、その存在を主治医から指摘されていた。この時は、腹部大動脈瘤は、35ミリく
らいだった。その時に主治医から当病院には今腕の良いことで定評がある心臓血管外科の
医師がいるので手術を受けるようにと勧められた。
だが、この時、父はその勧めを断った。というのも、PTCAと共にコレステロールで詰まって
しまった心臓の血管一つを開通させていたからだ。これは、以前に心臓バイパス手術の際に
左前下行枝に植えた左脚から取った大伏在静脈が詰まっていたものを再開通させようという
ものだった。ローターブレタというダンヤモンドチップが埋め込まれたバーを毎分18万から20万
回転させて血管内詰まっているコレステロールを削り取るものだ。ロータブレタを実行する際に
は、体内に削り取ったコレステロールが脳などの血管に飛ばないようにと合わせて人工透析も
することになっているようだ。この治療で詰まっていた血管は再開通はしたものの、受けたダメ
ージは大きかった。だから、主治医から続けてまた腹部大動脈瘤の手術を受けろと言われても
今回はもう勘弁して欲しいと思ったようだ。
腹部大動脈瘤があるということは頭の片隅にはあったと思う。が、2005年の12月から始まっ
た足先までにも及ぶ激しくしつこい腰痛が続いて、長年続いている椎間板ヘルニアを何とかしよ
うと地元の市立病院へ行って手術を受けようとした。だが、市立病院では手術は受けられない。
他の病院へ行って受けてくれ言われて、その病院を訪ねてみると腹部レントゲン写真に移った
腹部大動脈瘤を指摘された。こんな恐ろしいものがあっては手術はできない。まずは腰よりも
この腹部大動脈瘤を治してからでないと手術は無理だと言われた。
父の腹部大動脈瘤を手術して下さった主治医の話しによると父の大動脈瘤は腎動脈のすぐ
下のところが急にぷくっと風船のように膨らんでいて、とても手術が難しいタイプだったようだ。
ダクロンで出来た人工血管を縫い付ける時の腎動脈側の縫いしろとなる部分が短いという。
取り出した動脈瘤の内部は溶けたチーズ状のアテロームがいっぱい付いていた。これだけ腎
動脈に近いと腎臓の機能低下は避けられないかも知れないと事前に言われていた。実は、
2003年のPTCAの際に、右腎動脈が動脈硬化で狭窄していて、右の腎臓が萎縮していた。
だから、左の腎臓だけで生きていたということになる。本人が知らない間に片方の腎臓だけで
元気だと思って暮らしていたわけだ。
腹部大動脈瘤の手術は、その片方だけの左の腎臓に物凄い負担がかかるのが分っていた。
しかし、大動脈瘤をこのまま放っておけば、年に20%〜25%の割合で破裂するという。そして
5年生存率は、0%だという統計があるという。がんよりも悪い生存率だ。父の場合は、田舎暮ら
しであることと腹部大動脈瘤の位置と以前に大腸がんや虫垂炎による開腹手術を受けていて
癒着があるということを考えると破裂したら、まず助からないと考えられた。
腎臓に負担がかかり、腎不全になる危険性は覚悟して手術を受けた。そして、残念ながら
やはり腎臓の機能低下から腎不全となった。父の手術を通して、腎臓について勉強をした。
その時、出てきたのが、非ステロイド系消炎鎮痛剤腎炎だ。ほぼ毎日ロキソニンのお世話に
なっている私には、ドキっとさせれる病名だった。薬は腎臓か肝臓で処理されて分解される。
それは分かってはいたが、痛み止めで腎臓が悪くなり、病名がつけられるほどであると知った
ことに軽いショックを受けた。腎臓は片方さえ機能していれば大丈夫と言われている。そのこと
もあり、貧しい国の人たちから腎臓を買っている日本人もいると聞く。だが、腎臓は体の中では
一番老化しやすい臓器で、70歳になると30歳の頃の腎動脈の血流量は約30%でしかない
そうだ。人の体は無駄に出来てはいない。若い時は、よいとしても50歳を越えて生きるとなれ
ば、腎臓は一個ではなく二個必要だということだろう。
腎臓は、悪いと気が付いた時は、その機能は30%未満まで落ちていて、両方の腎臓が
悪くなっているという。そして一度機能が低下してしまうとそれを治す薬はない。痛いのはつら
くて苦しいが、腎臓も大事にしたい。痛み止めを飲むにしても腎臓や肝臓に負担をかけない
飲み方を工夫していきたいと思う。皆さんも腎臓と肝臓にはご注意下さい。
第百九章 プロフェム
プロフェムって何?と思う人が多いことでしょう。これは、子宮内膜症や腺筋症に効果が
あると言われている六種類の漢方薬が入っているというリプロキュアではなく、五種類の
漢方薬が入っている栄養健康補助食品だ。リプロキュアは、福島県の郡山市にある富永
国比古先生のクリニックか東京にある病院で診察を受けなければ手に入れることが出来
ないことになっている。が、このプロフェムは、インターネットで「プロフェム」と入力をすると
購入することができる。リプロキュアと比べて効力はどうなのかと聞かれても、リプロキュア
は飲んだことがないので分らない。だが、富永先生の出された本で体験談を読んだ限りで
は、同程度の効果が期待できると思う。
インターネット上では、内膜症に効くというよりは、ピクノジェノールと同様、お肌が綺麗に
なるという美容面が強調されている。確かに、ピクノジェノールもそうだが、肌や髪の毛の
調子が良くなる。天然植物加工食品で原材料は、アメリカセンダン草末、ミカンの粉末、
ヨルガオの芽末、ジシバリ末、ノミノフスマ末の5種類の漢方薬に、飲みやすいようにだろう
かパイナップル果汁、粉飴、ショ糖エステルが含まれている。一瓶が45グラム、250mgが
約180粒ほど入っている。販売者は、有限会社アモールモンディ社AM、一日に4粒から12
粒を目安に飲むようにと書いてある。希望小売価格は、税込みで9,975円。
ピクノジェノールで、指示通りに飲むと何故か逆に痛みが出てしまう体質なので、まずは
1粒から少しずつ試してみた。そして時間をかけてみて、1日に2粒程度が私にはいいようだ。
体質にもよるようだが、私の場合は6粒飲むと下痢になったり、お腹に痛みが出てくる。
父の入院やその後のトラブルでその2粒のプロフェムを継続して飲むことができなくなった。
するとロキソニンの飲む量が増えた。痛みは毎日のようにあることはあるのだが、ピクノジェ
ノールもプロフェムも、痛みの程度を和らげてくれる。また、痛みのほかにも体調を整えてくれ
る。肌や髪の毛の調子が良い。疲れにくくなる。
ピクノジェノールと比べてどうか。ピクノジェノールもプロフェムも内膜症や腺筋症のつらい
痛みを取ったり和らげてくれる。私の場合は、3ヵ月限定ではあるが、ピクノジェノールで
生理痛が消えた。ただ、生理の時に痛みはないが、以前に増して出血がひどくなり、貧血
に苦しんだ。だが、痛みという点で言えばピクノジェノールはプロフェムよりも優れている
ように思う。富永先生によれば、内膜症や腺筋症でも軽いか中程度の進行度であれば、
かなりの効果が見られるという。私のように年季が入ってかなり進んでしまった腺筋症の
場合は、効果が出るのは難しいかも知れない。
ピクノジェノールは、痛みに関して3ヵ月の効果しか続かないと書いたが、あたらめて半年間
か一年程度の休薬期間を置けば、また3ヵ月くらい効いてくれる。だから断続的に飲み続ける
方法が賢いと言えるかも知れない。ただ、難点は出血がひどくなることもあるということだ。そ
して、私の場合はピクノジェノールを飲んでいると生理がなかなか来ない。そのうち何とも言え
ず、体調が良くなくなり、お腹がずんとしてくる。そうなるとピクノジェノールを飲むのを中断する。
すると生理がやって来るという具合だった。
プロフェムもピクノジェノールと少し似ていて何故か生理が遅れ気味になる。ピクノジェノール
と違いプロフェムは、生理の時の凝血が減る。出血量も減る。それはいいのだが、調子に乗って
それではと多めに飲むと今度は出血が少ないのは良いのだが、血が子宮の中から出られな
くて詰まっているのような変な体調になってしまう。これが起きないためには、1日2粒が限界
のようだ。勿論、これは私の場合であって他の人のことは分らない。私は、薬に対しては敏感
な性質なので、一般的ではないと思う。私個人の体験から言えば、ピクノジェノールは断続的
に飲むと痛みについては効果があるが、出血量は増える場合がある。プロフェムの場合は、痛み
に関してはピクノジェノールほど劇的に効果があるとは言えないが、なかなか減ること困難な
出血量を減らすことが出来る。どちらも腺筋症持ちにとっては、強い味方となってくれると思う。
第百十章 たんぽぽ
私は、たんぽぽ会員だ。たんぽぽは、横浜に本部がある良性婦人病疾患の自助グループだ。
13年ほど前に筋腫と腺筋症の二人の女性が作った自助グループで最盛期には全国で900名
を越える会員がいた。現在は、インターネットの普及に伴い無料でかつ匿名で気軽に書き込み
ができる、この子宮腺筋症の小部屋のようなHPに押されてか現在は700名ほどにまで会員が
減っている。このまま会員が減り続けていくと事務所の確保や機関誌発行が難しくなってしまう
ようだ。
たんぽぽに参加したのは、1999年4月。私の場合は、病気についての情報が欲しいという
わけではなく、全国の腺筋症仲間と話しがしたいなと思ったからだ。だから、日本子宮内膜症
協会という内膜症や腺筋症に詳しい情報を持っている自助グループよりも、どちらかというと筋
腫の人たちが多いたんぽぽの方を選んだ。というのも、たんぽぽは、HPを運営していて、メー
リングリストがあることを知ったからだ。その当時、日本子宮内膜症協会はHPを持っていなかっ
た。立派な機関誌はあったが、私は全国の腺筋症仲間と病気だけではなく色々な分野の話しが
したいなと思っていた。それには、たんぽぽがいいと思った。だが、その時点ではパソコンは持っ
ていなかった。パソコンは7月に入ってから購入し、インターネットの世界を体験することとなった。
インターネットを始めた時点は、キーボードを叩いたり、メールを一通送るだけでもかなりの時間
がかかった。パソコンも今ほど親切丁寧ではなかった。しかも、私のパソコンは展示用に使われ
ていたのだが、展示してから少ししか経っていないというので、ちっとも値引きしてみらえなかった。
それでも、とにかく早くインターネットをしたいと買ったのだが、これが最初からトラブル続きの代物
だった。しかも、自分はパソコン一年生。トラブルがあってもそれがトラブなのか、それとも自分の
力量の無さから来るものかも分らないままで、かなり苦戦し続けた。使い始めて3ヵ月も経つと
パソコンから警告音が出始めた。何でもバッテリーが減っているらしい。おかしい。バッテリーなん
か使っていない。いつもAC電源を使っていたのに何故?
バッテリーを交換してみたもののどうも調子が悪い。よく見るとAC電源で使用中のはずが、バッテ
リー使用中になっている。修理をしてもらったのだが、どうもこの電源系統のトラブルは続いた。
このトラブルがなくなったのが、使い始めて5年目に入った頃だった。それでも今もまだ電源系統
はおかしい。バッテリーで駆動することができないのだ。バッテリーに切り替わると画面が真っ暗
になってしまう。このノートパソコンは、その他にも色々とトラブルが起きた。そして月に一度、最後は
毎日のように再インストールをしないといけない状態になっていた。時には、アラビア文字みたいな
ものが果てしなく続いて最後は◆とか○とか変な記号が出てきてフリーズしたりした。
こんな不幸なノートパソコンとの出会いは、その一方で必然的にパソコンの知識を増やした。
たんぽぽのHPは、あまり訪れることはないが、メーリングリストは患者としての視野を広げて
くれた。期待したほどには腺筋症の患者とは知り合えなかったが、同じ北海道の会員と出会う
こど出来た。そして実際に会い、北海道まりもとしての活動を始めることができた。たんぽぽは
本では得られない患者相互の生身の体験を知ることができた。インターネットの世界は匿名で
気楽に自宅から沢山の情報を得ることが出来る。だが、たんぽぽのような自助グループでしか
得られないことも多い。それなのにインターネットの普及が高くなっていくほどに、たんぽぽの
ような自助活動の規模が小さくなっていくのは残念でならない。
横浜のたんぽぽでは、医師を招いて最先端の医療についての講座を開いている。そして
その模様をDVDや冊子にまとめて販売している。北海道まりもでは、そのようなことをする
余裕も力もない。さすがに都会にある能力が高い会員が多いたんぽぽだなぁと感心させられ
る。北海道にいて、たんぽぽにはお世話になるばかりだが、たんぽぽには、いつまでも続いて
欲しいと思っている。
第百十一章 コルチゾール
コルチゾールは、副腎から出ているホルモンだ。このコルチゾールは、体がストレスを感じて
緊張した時に出てくる。アドレナリンの半減期(効果が半分になるまでの時間)が1〜2分と
短いのに対して、コルチゾールの半減期は、約4時間と長いことが知られている。コルチゾール
は、うつ病やうつ状態が続くと慢性的に分泌されて、しかも体内から消えなくなってしまうらしい。
うつ病やうつ状態が長い間、続くと脳の記憶に主要な働きがある海馬の神経細胞を萎縮させる
という。認知症に先立って、うつ病やうつ状態が見られることが多いそうだ。頭が一時的あるいは
恒久的に悪くなるのには、どうやらコルチゾールが関係しているらしい。
最近、担任教諭から受けたいじめで自殺した子供の話しがマスコミを賑わせているが、私も
同様に中学2年の時の担任からいじめを受けた。そのいじめは、担任主導でクラスメート全員を
巻き込み、私はクラス全体から無視されたり、いじめを受けた。いじめのきっかけは、一部のクラス
メートの悪質な嘘の告げ口だった。それを全面的に信じた担任が内申書を楯に私やクラスメート
を脅し始めた。その頃は、学校へ登校するというだけで物凄いエネルギーが必要だった。
でも、一度学校へ行けなくなったら、また学校へ行けないと思って勇気を出して毎日登校した。
そんな生活が続くうちに体がおかしくなり始めた。
今、考えれば、ストレスを回避するうまい方法もあったと思うが、その頃は全く思い浮かばなか
った。そして私は重い自律神経失調症になった。体重もどんどん減り、食事も摂れなくなった。
この時、私は強いうつ状態にあった。そんな生活が20歳頃まで続いた。中学・高校時代は体調
の悪さも勿論その原因だと思うが、ちっとも頭が働かなかった。同じところで同じ言葉や文字が
ぐるぐる回っているばかりで新しい情報が頭の中に入って行かなかった。だから、うつ状態が
認知症の危険因子だと聞いて、きっとそうだろうと思った。若くて何でも暗記できて当然の年代
のはずだったのに、ちっともそうではなかった。何を読んでも勉強しようとしても頭に入らず、すり
抜けて行った。
精神科に行けば、人の話しをろくろく聞いてもくれずに、それはその頃はやりの受験ノイローゼ
だと決め付けられた。そして、あんたみたいにたいして頭も良くないのに背伸びをしている奴が
一番良くない。中学を出たら日高の牧場で働いけばいい。あとは女なんだから、それなりの年に
なったら結婚をして子供を産めばいい。その方が精神的にいいと言った。そして中には、自分が
どれほど優秀でいかに勉強が出来たかと自慢話しをする医師もいた。精神科へ通えば通うほど
中学生だから女だからと馬鹿にした発言を繰り返す医師たちにうんざりした。そして私のことを
ネタにして自分のストレスを解消しているとしか思えない診察にうんざりとした。私は医師に対して
心底軽蔑を覚えた。子供だから女だからと言ってここまで馬鹿にしていいはずがないと思った。
そのくせ、いつも沢山薬だけは出た。精神安定剤とビタミン剤。これを飲めば良くなるという
触れ込みだったが、それは嘘。ちっとも効きやしない。ただ、寝覚めの悪さと日中の頭の重苦しさ
を作り出すだけだった。私の心を穏やかにしてくれる医師はいなかった。体もまた同じだった。
そして、医師には私の病気は治せはしない。自分で治すしかない。私は病院に行かなくなった。
それから、少しずつ病気は良くなった。それまでは、病気は病院に行けば、医師にかかれば治る
と信じていた。病気は、あくまでも自分が主役で治療に取り組まないといけないとその時、思った。
コルチゾールは、脳には良くない。それが分って、人生暗く生きても明るく生きても同じ時間生き
るのなら、脳細胞に害を及ぼし、若さも失わせるコルチゾールをなるべく分泌しない生活をしようと
思っている。うつ病は男性に比べて女性が多いという。アルツハイマーなどの認知症が女性に多い
のは、女性ホルモンの影響と共にこのコルチゾールの分泌のせいかも知れない。皆さんも明るく
生きましょう。
第百十二章 リズム
健康のためには、人は生活のリズムを守ることが大切だと思う。睡眠障害は、朝と夜のリズム
の乱れによって起こることが多い。睡眠障害に関わらず、同じことをするにしてもリズムがない
と体の調子が狂う。体を鍛えている人たちよりも宗教家や画家に長生きする人が多いのは、仕事柄
、生活の中に、沢山のリズムが溢れているかではないだろうか。私は、この腺筋症の痛みに37年間
苦しんでいる。医者は、腺筋症で最初から生理痛があるなんて考えられないと言ったが、私は最初
からだと思っている。生命科学者の柳澤桂子さんもまた同じように痛みと37年間苦しんでいると
いう。彼女の場合は、彼女を苦しめる病気が分らず、内膜症と言われて手術を受けたりもしたそう
だ。原因不明の病の強い痛みのために自殺(尊厳死)をすることまで考えたという。沢山の医者を
巡っても分らなかったのが、彼女が書いた本を読み、周期性嘔吐症ではないかという医者が現れ
て、その治療を施したところ寝たきりの生活から解放されたという。
彼女が診たり手術をした医者は何十人もいるはずだ。しかし、周期性嘔吐症という奇病でもなんで
もない、ありふれた病気を診断できなかったのは、どういうわけだろうか。確かに、成人がかかる
ことは珍しい病気だが、彼女の本を読んで的確な病名を言い当てる医者がいるというのに、何十年も
の間、それこそ北から南まで全国の各病院(その中には大学病院もあっただろう)には、彼女の正しい
病名を見つけるとができなかったのだ。原因が分からないから正しい治療も出来ない。そんな中で
彼女は医者の言葉に傷ついている。「病気が良くならないのはあなたが良くなりたいとは思っていない
からだ。」と言われたという。つまり、病気彼女の心根が悪いせいだ、気の持ちようで良くなるというのだ。
誰でも人の痛みには鈍感だ。病院の医者や看護師には患者の感じている痛みを知って欲しい。
痛みがいかに患者の生活を追い詰めていくかを知って治療に当たって欲しいと患者は思っている。
しかし、病院に来る患者を診ているうちに、患者の痛みに鈍感になり、患者に対する思いやりも失って
しまう医療関係者が残念なことに多い。医者や看護師は健康でなければ務まらないと思う。しかし、
健康であっても患者は病気のために苦しんでいることを忘れないで欲しいと思う。
柳澤さんが文芸春秋に書いていたが、痛みがひどい時に何気なく念仏を唱えてみた。すると不思議
なことに痛みが和らいだ。科学者である彼女は一歩進めて、今度はおまじないを唱えてみた。結果は
こちらも同じように痛みが遠のいた。コレは何かと考えてみたら、リズムだということに気がついた。
痛みを和らげるには、リズムを持つことが必要なのではないかと。ラマーズ法もヒーヒーフーフーと
息のリズムで陣痛を和らげる作用をしているのではないか。周期嘔吐症の人たちは、体内のセロトニン
が不足しているそうだ。最近、そのセロトニンがリズミカルな筋肉の動きをすることによって分泌されるこ
とが発見されたそうだ。
生活習慣病も食生活を含めて生活のリズムの乱れから起こることを考えるとリズムのある生活を
続けることが健康な生活に結びつくのではないだろうか。子宮もリズムが大切で、リズムを守れれ
ば健康になる。また、逆に子宮が健康でなければリズムが崩れていく。人生もそう。リズムに乗れば
人生もまた楽しくなる。リズムって大事だなぁと思う。
第百十三章 生理不順
初潮から30歳まで、どんどん腺筋症が進み、過多月経の度合いが増していく勢いが酷くなるまでは
本当に自分でも嫌になるくらいに生理は順調だった。そして旅行や試験などここぞという時には、何故か
しっかりと生理になったものだ。何度このぴったんこに泣かされたことか。大抵大事な時に、生理二日目
というどん底の状態だった。32歳、母が死んでから腺筋症の症状がどんどん進んだ。そして、過多月経
の度合いも飛躍的に悪化した。そして貧血も酷くなった。痛みも毎日続くようになった。そして毎日生きて
いるので精一杯で新しいことは何一つ出来ない状態になっていった。それと共に生理が不順となってい
った。大きな凝血がドボドボ音を立てて出て来る頃には、生理が飛び飛びに来たりするようになった。
生理が来て欲しくないという思いが大きかったので、生理が数ヶ月来ないのは心配である一方、ほっと
もしていた。
でも、過多月経が加速度を増して来た頃、生理が半年間も来なかった時は、さすがに病院へ行かない
といけないかなと思った。なんとなく生理が来そうなのに来ない。いつも下半身、特に腰に鈍痛があり、
胸が張っていて少し吐き気が時々あるような状態だった。貧血と過多月経と痛みサンドイッチに心も体
もへとへとになっていた私は、その時39歳だったが、生理が来なくてもいいや、人様よりも早めの早期
閉経であってもいいやって思ったものだ。髪の毛は真っ直ぐで真っ黒で太くて艶があるのが自慢でも
あったのに、抜け毛はどんどん増えるし、髪の腰はなくなり細くなり、波打つようになった。そして茶色
や白が増えた。そして黒い髪も艶がなく灰色がかったものにと変わっていった。少し動くだけでも疲れる
ようになっていた。それなのに、市販されている鉄剤を買って飲もうとも思わなかった。というよりも考え
られなかった。脳みそに行く血液や酸素量も低下していたのだろう。今考えてみてもかなり馬鹿になって
いたと思う。じゃ今は利口かと言われると困るのだが、とにかく今までの情報で何とか生きていくことに
必死だった。後から考えると何でと思うほどに低レベルな生活をしていた。本も沢山読んでいたが、あまり
頭に入っていかず、今その時の本を再度読んでみると初めて読んだような気がする。認知症になったら
こんな風になるのだろうなぁと思う。
半年の後やって来た生理は凄まじかった。痛みも出血量も半端じゃなく、生理らしきものが終わった
後も子宮内膜が剥がれた後のひりひり感がずっと続き、子宮のみならず下半身全体が子宮になって
しまったかのように痛んだ。貧血もひどくなり、酸素マスクが欲しいと思うほどだった。冬なのに窓を開け
て何とか新鮮空気を肺に取り込もうと格闘をした。まるで平地にいながら溺死していく魚になった気持ち
だった。痛みは、いつまでも続き、夜もあまり眠れなくなった。そしてお花畑を見た。いよいよこれでは
駄目と思い、ようやく病院へ行った。そしてスプレキュアを使い始めた。スプレキュアの副作用で苦しみ
つつ、生理がない生活がいかに快適かを知った。ずっとこういう生活が続くといいなぁとも思った。しかし、
やはり副作用は不安なものだった。生理が来ないのはいいが、こんな副作用だらけの生活が一生続く
のはたまらないと思った。半年後、スプレキュアを止めた。スプレキュアは、私の生理不順をますます
ひどいものにしたと思う。その他に痛みに効くというピクノジェノールや健康栄養補助食品、ロキソニン
を飲むと生理の周期リズムに変調を来たした。私の卵巣と子宮はひどく敏感なものらしい。アレルギー
体質とも関係があるのだろうか。
何だかんだと悪戦苦闘しているうちに、いつの間にか更年期となっていた。48歳。今、閉経しても
別に不思議ではない年となった。更年期に入ると生理が不順となり、閉経となる。暫くの間、生理
が来ないとすわ閉経かと思ったりもする。ただ生理は来ないけれど痛みはしっかりとある。閉経は
したけれど痛みだけは依然として残るという状態だけは何としても避けたいと考えている。閉経が
痛みとの決別であることを祈っている。
第百十四章 足から始まる
足から始まる。そう書くと何?老化かいという声が聞こえてきそうだが、そうではない。腺筋症の
痛みのことだ。子宮以外に痛みが走るようになってからは、子宮に痛みがやって来る前にまず
最初に足から痛みが始まることが増えた。きょうつけ!と整列する時に言われて両手を足につけた
時に、丁度手が触れるところの筋肉が固くなり痛くなる。そしてその後、痛みは前へやって来て
、そして下へと広がっていく。そのうち子宮のあるあたりの背中や腰がどんよりと痛くなってくる。
足の付け根に痛みが広がる直前に、生理でもないのにお腹に力を入れた後、暫く時間が経って
くると腹筋がキューンと痛くなったものだ。筋肉痛がお腹に急に団体さんでやって来た感じだった。
32歳の時、生理でもないのに左脚の太ももの付け根が歩いている時にキュンとし始めて、
その後は痛み始めると長い間、痛み始めた。そしてその頻度が増してきた。左脚の太ももの
付け根が痛み出してからは、痛みがあると必ず足にも出てくるようになってしまった。腺筋症
という怪物が子宮の中だけでは飽き足らずに他の臓器をも侵し始めたのではないかと思った。
腺筋症ではないが、大きな筋腫を持ち医者から全摘を勧められたが、全摘はしたくないと頑張っ
ていた人に対して医者が、あなたは子宮を守るために他の臓器を犠牲にしている。体全体に
悪い影響しか及ぼしていない子宮を持ち続けるだけために、自分の体全体を危機に陥れて
いる。その馬鹿さ加減に気が付かないのですか、と子宮に拘る愚かさを説いたという。
私は、その馬鹿だ。子宮が他の臓器を圧迫していることを実感している。子宮を外科的に
取り除けば、他の臓器への圧迫はなくなるだろう。しかし、体のパランスが崩れる予感が
している。実際に筋腫で全摘を体験したある人は、そんなのただの予感でしょ、実際に
全摘したら案ずるよりも産むが安しじゃないけれど快適そのもので、何も悪いことは起きない
可能性の方が高いと思うよ、と言った。そうかも知れない。でも、今はそう思えない。彼女は
手術前には、これっぽちも全摘後に体調がおかしくなるとは考えもしなかったそうだ。性格の
違いかも知れない。考え方や生き方の差かも知れない。私は、馬鹿な患者の一人だ。
足の痛みは、子宮が大きくなって神経や血管を圧迫することで起きるかも知れない。
何故なら子宮がどんどん大きくなっていった時に、痛みが増し、逆にスプレキュアで子宮
が小さくなっていく過程で痛みが消えていったからだ。しかし、最近の痛みは、どうも腺筋症
の子宮の血管が血液を溜め込んでしまって他のところへ血がいかなくなっての痛みでは
ないかという気がしてならない。子宮からいかに足先へと血液が順調に流れてくれれば、
痛みは随分と軽くなるのではないだろうか。子宮が悪いのに足が痛むなんて、健康な人は
考えも及ばないことだろう。内膜症や腺筋症が生理の時以外にも痛み、それが子宮の近く
てないところにも痛みが出てくるなんて思わないだろう。
足から痛みが始まって、その原因が腺筋症だった、な〜んて人はいるのかしらん。
腺筋症になっている人は多いけれど痛みなどの症状が出て病院へ行く人だけが、腺筋症
と診断されるのですよね。だから、腺筋症は痛くてつらいの当たり前というのは、実は例外
的なものかも知れない。腺筋症の患者が多いのに知名度がいまいちなのは、そういうところ
に原因となっているかも知れないと思うのだが、本当のところはどうだろうか?
第百十五章 電気敷毛布
また北海道の長い冬がやって来た。日本で唯一の亜寒帯である北海道は、一年の半分
が雪だ。10月から4月は、冬であり雪もある。寒さのピークは、1月だが12月や2月も寒い
日が続く。痛みが強い腺筋症患者にとっては、寒さと雪、それに伴う雪かき作業は体の負担
となる。怠け者と言われようが、この季節になると私は雪が降っても雪かきしなくてもよい場所
に移住したいと思っていまう。春と夏と秋の北海道は好きなのだが、あまりにも冬の期間が
長すぎる。
ある日、就寝していても腰から下が冷たくて、なかなか寝付かれなかった。特に足先が
冷たかった。いつも痛みがある側の足先は反対側の足先に比べて冷たく、その冷たさが
また痛みの元になっているようだった。そんな時、押し入れを整理する機会があった。その中
に数年前に少しの間だけ使っていた電気敷毛布があった。そこで早速、電気敷毛布を使って
みた。痛みがあると冷えるのなら、逆に温めてやれば痛みも軽くなるはずだ。試してみたところ
これが予想以上に良く効いた。寝る二時間前にスイッチを強にしておくと就寝時にはぽかぽか
していて気持ちがいい。痛みがある時は、そこに足が触れると忽ち電気敷毛布が冷たくなって
しまう。電気が本当に入っているのかと思うほど冷たくなってしまう。
正しく冷えは万病の元だ。電気敷毛布はあま体に良くないという話しもあるが、腺筋症患者
の痛みの緩和に役立つと思う。猫の電気カーペットと比べてお手軽な値段の人間用の電気敷
毛布は、冬が長い北海道の冷え性患者の強い味方です。
第百十六章 絶食
痛みが強い時にロキソニンを飲み、ようやく痛みが和らいで動けるようになった時、それまで
食事が摂れずにいたので少しでも食事を摂ろうと思って何か食べると忽ち痛みがぶり返すと
いうことが多い。痛みがひどい時は、絶食に限るなぁと思う。へたに食べると胃腸が動き出すこと
になる。胃腸が動き出すと胃腸が痛み出し、それに引きづられて子宮や腰や足先までも痛み出す。
特に過多月経で一気に貧血が進んだ時は、要注意だ。人間は酸素を摂らないと生きていけない。
貧血がひどい時は、食事を摂って胃腸に血流がいってしまうと他の臓器にまで酸素が行き届かない
のだろう。
筋腫心臓と言って貧血がひどいと心臓が肥大してくる。私の場合は、肥大はしていなかったが、
心臓に悪い生活をしているなぁと思う。一生懸命に鉄剤を飲み、赤血球を作ろうと思うのだが、
急激な出血には間に合わない。お腹が空いても、多少調子が良くても絶食を続けることが結局は
苦しまずに済む。腺筋症は子宮の病気だが、色々な臓器に負担をかける病気なので生活習慣病
ならぬ多臓器病だと思う。
貧血の影響が強いのだろうが、味覚異常が起きたり、食べ物の偏りがあったり、急に甘いものが
わーと食べたくなったりする。いずれにしても健康ではないからだろう。具合が悪い時は、いつもは
食べない物や飲まない物が欲しくなる。そしてそれ以外のものは口に合わなくなってしまう。私の
場合は、食べ物は枝豆とコーラ。最後に残るのは、コーラだ。普段は全然口にしないし、飲みたいと
も思わないのに、生理になると欲しくなる。そして普段は大好きな緑茶が気持ち悪くて飲めなくなっ
てしまう。私の場合は、お茶が飲めなくなった時は、体調が悪い時だ。
第百十七章 雪と痛み
雪は痛みとよく似ていると思う。何が似ているかというと痛みも雪も少ないうちは、何とかなるが、
その痛みを放っておくと次第に蓄積してきて、痛みを取ろうとするのに苦労をする。こまめに痛みが
少ないうちに手を打っておく方が賢明だ。たいしたことがないと油断していると段々と痛みが増して
きて余計に多くの鎮痛剤などを飲まないといけないはめになる。
雪が多い地方の人たちは、雪かきをした後、強い痛みに襲われることはないだろうか。雪かきを
する前に鎮痛剤を飲んで少し経ってから雪かきをする。雪かきをして暖かい家の中に入って体が
温まってくると猛烈な痛みが始まってしまい難儀することも多い。そこで雪かきをした後にすぐに
また鎮痛剤を飲む。というわけで、雪かき作業が多い冬の期間はロキソニンの飲む量が自然と
増えてしまう。だから、なるべく雪かきはしたくないと思う。腺筋症患者はあまり雪かきをしなくても
よいところに住む方がよいと思う。年がいくにつれてそう思う。腺筋症でなくても雪かきは、適度
を越えていて体に悪いと思う。
老後は南の雪かきをしなくても済むところで暮らしたいものだ。私も来年は49歳になる。
50歳は初老。じいさん、ばあさんと呼ばれても文句が言えないお年頃になる。小部屋も49歳まで
と考えている。50歳になったら、小部屋を引退して若い人たちにバトンタッチをするつもりでいる。
だから再来年の5月まで、あと一年と半年、ラストスパートでHPを管理していこうと思っている。
第百十八章 脂油
脂と油。私は、専ら油だ。その油も目に見えた形ではあまり摂らない方だ。ラードなどの動物
由来の脂は常温では固まっている。それに比較して魚、特に寒いところで泳いでいる魚の脂は
常温でも固まらない。牛や豚は人間よりも体温が高いのでラードが体内で固まることはない。
人よりも体温が低い動物の脂は人間の体内で固まることがないので、血液サラサラとなり体に
良い脂ということになるようだ。
あぶらは、脂にしても油にしても痛みが強い時は避けた方が無難だ。痛みを引き起こすプロス
タグラディンの原材料となるアラキドン酸が発生するからだと思う。私の場合は、牛乳やチーズ
などの乳製品を摂るとてきめんに痛みが強くなる。たまねぎやニラなどは痛みが増すと共に
食べると出血がひどくなる。グラタンなどを食べると痛みと出血がひどくなる。あぶらと痛みの間
には深い関係があると私は思う。
痛みを避けようとして作らなくなった食べ物や買わなくなった食べ物がある。しかし、痛みが
ある生活が普通となった今、その食べ物がどんなものかも忘れてしまっている。ただ、油ものを
へたに摂ると痛みが増すことだけは確かだ。今、体に良いあぶらと悪いあぶらがあり、オメガ3
の系統のあぶらが体に良いと言われている。痛みにも良いとか。でも、必須脂肪酸を含めて
適度にあぶらを摂ることの方が大切ではないかなと思う。
飲んで腺筋症に効くあぶらって出て来ないかしらん。
第百十九章 産まない女と産めない女
若い頃、私は産まない女と信じていた。産めないのではなくて産まない女だと。私の周りには
結婚をして子供が出来ない人がいなかったせいもある。適齢期かやや早目に結婚している人
たちが殆どだった。だから、結婚して数年後には子供がいて親になっているのが当たり前だった。
だから結婚しないだけで産まない女を選択しているだけであって、結婚して子供を産もうとした
らいつでも産めると思っていた。
40歳直前に産婦人科へ行って子宮の全摘を勧められて、その時になって初めて私は産まない
女ではなくて限りなく産めない女になっている自分を自覚した。思えば私の人生は、子宮に支配
され続ている。健康な人が特別に体に思いを馳せることがないように、子宮に何のトラブルがない
女性たちは、子宮の存在を感じたりはしない。空気のような存在で人間は空気の中で生きている
ことも普段は忘れている。
ところが、不健康な臓器は自己主張が激しい。常に自分に関心を持つように痛みやら過多月経
やらぽっこりお腹やらありとあらゆる方法でその存在感を高めている。40歳の頃と50歳に近づいて
いる今とでは、子宮に対する思いも随分と変わってきた。小部屋に来られる方たちは、何とか産もう
と努力されていらっしゃる方が殆どだ。そんな中、痛みと出血だけ何とかなればいい。できるだけ
なにもしたくないという人間が管理人をしているよりも、今、妊娠や出産に向け努力されている
方が管理人とする腺筋症のHPが出来てくれればと願う。
40歳を過ぎると卵巣にある卵は一万個を切るという。平均50歳で閉経するとして48歳では
恐らく数千個か数百個まで減ってきているのだろう。女性の人生は平均86年だから、人生
の残りの36年は閉経後の人生だ。閉経の時期が近づいてきて、最近は腺筋症の痛みよりも
その先に長く広く広がっている更年期が気になっている。腺筋症に対する考えも年齢と共に
移り変わっていくものなのですね。
産まない女であり産まない女である私にとっての子宮は、健康であれば空気のようなもの
だったはずだ。それが腺筋症になって、子宮について考え続ける37年となったのは、大いなる
皮肉だ。
第百二十章 発生の時期
人はいつから腺筋症になるのか。主治医に、初潮の時からではないかと聞いたところ、
「そんなことは絶対にない!」言下に否定された。腺筋症が発生して症状が出てくるのには
少なくとも数年がかかるというのが今の医学の常識のようだ。でも、自分の感じる痛みと出血
は、初潮の時から一直線上にあるのだ。初潮時には、既に子宮の筋層内に腺筋症の病巣が
出来ていたとしか考えられないのだ。
出産後に腺筋症になった人もいるらしいが、私のように生まれつき腺筋症となる部分がある
子宮を持っている人もいると思う。若い頃は、若いから生理痛が強いのであって、大人になれば
子宮の出口が開き、痛みも段々と和らぐかなくなると言われた。でも、きっとこの痛みは一生もの
だろうという漠然とした予感があった。中学生の時、小学館の医学大事典の中に「子宮腺筋症」
の文字を見つけた時にも、ピンとくるのがあった。実際に腺筋症と診断された時は39歳の時だ
ったが、「筋腫ではなく腺筋症だ」と告げられた時、ああやっぱりと思った。そしてほっとした。
やはり病気だったのだ。それもつい最近ではなく子供の時からの筋金入りの腺筋症だ。
腺筋症については、筋腫や内膜症と同様に良く分っていないことが多い。筋腫や内膜症は
医学書の特集やテレビの健康番組で取り上げられることもある。しかし、腺筋症は本当に知名度
が低く一般の人の関心も低い。がん・脳梗塞・心臓病などの命に関わる病気はドラマになるし、
その病気を抱えて懸命に生きる患者やそれに立ち向かう医師や看護師たちの姿は人の関心
を呼ぶ。それに比べると腺筋症は全く印象が低い。第一、腺筋症という名前からして何だと思う。
腺筋症の前に子宮がついているのだから、どうやら子宮の病気だくらいにしか思われない。
耳で聞いて、しきゅうせんきんしょう。しきゅうは分る。でも、その次に続くせんきんしょうって何
と思うだろう。面倒臭いので筋腫よりも有名じゃないが、ちょっとは知られている子宮内膜症だ
と説明してみたりする。それでも痛いのは生理の時だけで、あとなかなか子供が出来にくいと
いうくらいの理解があればまだいい方だ。
内膜症みたいに腹腔鏡下手術の華やかさもなく、筋腫のようながん治療と連動した最先端の
治療ともあまり縁がない腺筋症は我慢できるうちは対症療法で済ませ、40歳過ぎて出産の可
能性が少なくなった時や痛みが我慢できなくなったら子宮を全摘して終わりという真に地味な
医師にとっては面白みのない病気なのだろう。そのために、内膜症や筋腫に比べて研究しよう
とする医師や研究者が出て来ないのだろう。
内膜症と腺筋症がいとこや姉妹のように似ているとはいえ、内膜症の研究がイコール腺筋症の
発生や病気の進行や治療方法に結びつくとは限らないと思う。アメリカのような医療に経済原理
が優先する社会よりも、純粋に病気を捉えて研究できる環境がある日本の方が、私のように
ジタバタして腺筋症まみれの使えない子宮を抱えて生きている人口が多い分、研究のし甲斐が
あると思うのだが。
腺筋症はいつどのように出来るのか。あと何年すれば、それが解明できるかは分らない。
しかし、私が生きている間に少しでも多くのことが分って欲しいと節に願っている。