第百五十章 子宮内膜の剥れ方
産婦人科によれば、生理の時に、子宮内膜が剥がれる際には痛みは感じないという。だが、私は
子宮内膜が剥がれる痛みを知っている。それだけではなく子宮内膜が剥がれる音を聞いたことがある。
32歳から40歳の誕生日にかけては、人生で一番腺筋症が成長した頃だ。痛みも生理中の数日から
生理中はずっと痛い状態となり、そのうち生理が始まる数日前から痛みが出て、それが生理中ずっと
痛くて、生理後も子宮内膜が剥がれた後の傷口がずっとズキズキと痛い感覚が続くようになった。そして
遂には、生理期間はもちろん、生理前も生理後もずっと痛い。つまり毎日痛い状態となった。
生理前はともかく生理期間中の痛み強弱は、子宮内膜の剥れ方による。エストロゲンとプロゲステロンの
二つの女性ホルモンが急減に低下するとこによって子宮内膜が剥がれて生理が始まる。そして子宮内膜
は生理が始まると同時にエストロゲンの分泌の増加を受けてまた新しい子宮内膜を作り始める。健康な鳥の
卵サイズの柔軟な子宮の筋肉を持っている人には正しい理論かも知れない。が、腺筋症持ちの人の場合は
どうなのか。子宮筋層は腺筋症で硬くなっているわ、子宮内膜は伸ばされてはいるものの、子宮に作用する
女性ホルモンの量も健康な人のそれと違う。腺筋症や内膜症、筋腫の人と健康な人との血液中の女性ホル
モンには差は見られない。だが、子宮内膜や子宮筋層では、健康な人たちに比べて女性ホルモンの濃度は
高いことが知られている。そして、子宮内膜もそうだ。健康な人の子宮内膜はむしろ女性ホルモンの効果を
弱める作用をする物質が働くのに対して、腺筋症持ちの子宮内膜は逆に女性ホルモンの働きを強めるという。
腺筋症が自分に有利なようにと体内環境を変えているだろう。がんが悪性新生物なら、腺筋症は良性新生物
だ。腺筋症という奴は、何やら自分と別の人格を持っているのではないかという気がしてくる。
腺筋症がぐんぐん成長して大きくなっている時は、子宮での女性ホルモンの濃度差が大きかったのか
子宮内膜は強引とも思えるくらいにメリメリと剥れた。勢いよく剥がれるせいで一気に出血をし、大洪水と
なった。そして急激に貧血となった。40歳の時、スプレキュアで生理を止めた後、子宮内膜の剥れ方の
勢いが穏やかになったと思う。医者にすれば、それは年齢的な変化だと言うかも知れないが。しかし、その
分、だらだらと長く続く締まりのないものとなった。経血の出方が平均化されたせいで体が追いつけない
急激な貧血の回数は減ってきた。とはいえ、夏の暑い時の生理に伴う貧血はきつい。子宮内膜の剥れ方
についての研究資料を見たことはないが、腺筋症の悪化と腺筋症との関係は私にとっては知りたいことの
一つだ。
どなたか子宮内膜の剥がれる音を聞いた方はいらっしゃいませんか?
第百五十一章 痛みもいろいろ
痛みといっても心筋梗塞の痛み、胆石の痛み、腰の痛み、そして子宮の痛み。一口に痛みと言って
も、つらくて苦しいのは共通しているが痛みの出方や痛みの伝わり方や強さなど病気によってそれぞれ
異なる。それでは腺筋症の場合はどうかと言えば、これは子宮腺筋症と子宮の名前がついているが、
痛むのは、子宮の中だけではない。私が痛みを感じる場所は、子宮と子宮以外には卵巣、背中に回って
ウエスト回りより少し下の真中あたり、太ももの付け根から足先と下半身全般痛みが出る。そして痛み
とは別に痛みが強くなれば胃も腸も収縮して吐いたり吐き気がしたりしてくる。子宮腺筋症は子宮だけ
の小さな臓器には収まらない全身病だと思う。だから、子宮腺筋症と聞いて、人は子宮の病気で痛み
が強くて大変だと言っても、それは生理の時の痛みが大変で他の日は痛みがないと感じるのではない
だろうか。子宮腺筋症って、内膜症みたいな知名度はないし、筋腫のようなものにされてしまうせいか
内膜症ほど悲惨な?病気だとは思われていない気がする。
同じ子宮腺筋症の痛みもその時の体調や年齢やストレスの多寡によって変化をする。でも、良く
世間の人(昔の医者が言っていた。今はどうか知らないが。)が言うように、生理痛は痛いと思うから
痛みが出たり強く感じたりすんだというのは違うと思う。何故なら、就寝中に痛み止めが切れると痛みで
めが覚めるからだ。腺筋症は気の持ちように痛みが変わるほど柔な病気ではない。さて、私の痛みの
変遷を紹介しよう。私の痛みは、初潮から39歳で初めて産婦人科の門を叩くまでの間は、長い目で
見れば一直線上にその強さも痛む時間も増えていった。一直線上から外れるの要因は肉体的なストレス
ではなく精神的なストレスにあった。受験が近づくと痛みも出血も増した。母や父のがんを知った時や
その看病をしている間も増悪した。ストレスは腺筋症に限らず認知症にもがんにも心臓病にも悪い。
39歳に行く時は子宮を全摘することになるだろうと思っていた産婦人科に出向いた。出来れば
産婦人科などには行きたくないと思っていた。とにかく子宮や卵巣など女の病気にはなりたくない
と小さい時から考えていた。それが生理が始まってみたら、やっぱりそのなりたくない病気になって
しまっている可能性が大の症状が現れた。本当にがっかりした。しかし、まぁ、世の中、こんなもの
だなぁ。人生は自分が考えているようにはいかないものだと感じた。39歳、今まで腺筋症の痛みに
市販の痛み止めで何とか凌いだきた。だが、その頼りの痛み止めも効かなくなり、痛みも毎日続くよ
うになった。もうこれではまともに生きてはいけないと思った。その時まで痛みに負けて病院などには
行かないぞ、何とか耐えてみせる。閉経まではこの痛みや出血に耐えてみせるぞ、って思っていた。
だが、一日中続く子宮の痛みは物凄いストレスとなった。痛くて眠ることもできない。こうなれば、地獄
に行くよりはましと産婦人科へ行った。
痛みに耐えられなくなった潔く全摘するぞとずっと思っていたのに、スプレキュアの服用が終わり、
やはりまた子宮が大きくなったので全摘ですね、と言われてみると、やはり取りたくないと思った。
別に子供が欲しいわけでもないし、子宮がない方がどれだけ楽か分らない。それなのに自分の中の
何かが全摘することを拒む。それは今も変わらない。私は愚かな患者だ。スプレキュアをワンクール、
半年間服用した後、結局は再び痛みは段々強まり痛む時間も延び、痛む場所も増えた。だが、ロキソ
ニンという自分にとって良く効く痛み止めを知って痛みのコントロールが可能となり、痛みから受ける
ストレスが大きく変わった。痛みが強いことから来るストレスも大変だが、その強い痛みをコントロール
できないという不安から来るストレスはもっと大変なものだ。ロキソニンがなければ、とっくに子宮は
取っていたただろう。
痛みは強くてもコントロールしやすい痛みがある一方で、痛みは弱くても持続的で体全体具合が
悪くなってしまうものもある。慣れた痛みはこれからの予想がつくが、慣れていない痛みはそれが
弱くても不安が強い。筋腫の痛みも内膜症の痛みも腺筋症の痛みも生理の時の痛みは、全て生理
痛で括られる。婦人病の本には、いずれ強い生理痛がある病気となっている。何かそれって納得
できないなぁ。痛みは、活字では伝えられないなぁ。
第百五十ニ章 限界
痛みと出血と貧血には耐えられない。もう限界だぁ。具合が悪い時は、よくそう思う。でも駄目だ、
限界だと言いながら、幾つもの限界を乗り超えてきた。そして後でその時のことを振り返ってみると
何だそんなに大したことじゃなかったんじゃないかって感じていた。だが、40歳を過ぎてからは、
そうも思えなくなってきた。若い時はそれなりの復元力があって限界だと言いながらもこんな痛み
や出血には負けやしないぞって気力も湧いたものだ。が、人間40歳ともなってくると適当に物事を
こなす手抜きの方法といい加減さが身に付いてくる一方で回復力も気力も落ちてくる。
それに合わせたかように、医師も40歳を超えて腺筋症持ちだと子宮も切り頃お年頃。子宮を
取ってもう楽になってもいいんじゃないですかと言われてしまう。子供も産まない子宮は全摘
する以外の治療はいらないということか。しかし、医師が治療を諦めても、もう限界だと嘆きな
がらも全摘以外の治療を模索するのが患者なのだ。腺筋症は筋腫みたい被膜に包まれて
いて核出することかできる。内膜症は子宮の外側に出ているので、開腹したり腹腔鏡下手術
で病巣を焼くことができる。それに比べて子宮腺筋症は子宮の筋層内で広がっている。内膜症
みたいに肺や腸など変なところまで飛んではいかない。子宮の中だけで増殖する割と性格が
いい病気だ。それなのに筋腫と違い小さい病巣が沢山散らばっている。痛みがなければ筋腫
と違い子宮がでこぼこしないし、それほどサイズも大きくはならないので、筋腫ならば大変だけ
れど腺筋症で良かった、となっていたかも知れない。
腺筋症で限界だって感じるのは、やはり激しい痛みだろう。痛みに疲れ果てた頃に40歳を
超えて、医師からもうそろそろ子宮を取ってはいかがですか、と言われると今までの経過を
考えてもう限界だ、今、全摘すれば全てが良くなるという思いが強くなる。腺筋症患者が本当に
これ以上の限界はないと感じる、その時が行動を起こす時だと思う。子宮の痛みなんかでは
絶対に産婦人科なぞは行かないぞと不思議など頑張ってきたが、これが限界だという痛みの
前にはその信念も失せた。その時はもう子宮を取るしかないなとも思った。しかし、医師から
全摘しましょうと言われてみると即座に全摘は嫌です、と即答している自分がいた。そういう
意味では、腺筋症の子宮を持ち続けることには限界は感じてはいなかったのだろう。
人間は、限界だと思ったことを乗り越えて人間的に成長していくものだというけれど、腺筋症
の場合もそうのかも知れない。人それぞれが感じる限界は異なるが、自分にとっての限界が
来たと感じる時に、大きな決断をするのだと思う。腺筋症って病気は、人を哲学者にするようだ。
腺筋症にならなければ、傲慢な人間になっていたかも知れない。
何だか支離滅裂な文章ですねぇ〜。
第百五十三章 知られたくない
私は、北海道まりもという良性疾患の婦人病の自助グループに参加している。活動としては
たまに飛び交うメーリングリストと2ヵ月に一度、奇数月の日曜日に開催される会合くらいのもの
だ。一応、HPもあるが、小部屋ほどのアクセスはない。北海道に住む人が、筋腫や内膜症と
診断されて驚き自宅に戻り、インターネットて検索してみたら出てきて知った人たちが多いと
思う。
会合に来られる方は、やはり筋腫の人が一番多くて二番目は内膜症と卵巣嚢腫、そして
腺筋症が一番少ない。会に来られた方は最初は深刻そうな顔をしているが、会員など
と会話をする中で余裕を取り戻して最後には笑顔で別れるパターンが一般的だ。でも、たまに
ずっと深刻な表情のままの人もいる。いかにも仕事が出来るOLの彼女の場合は、絶対に
知人に病名もこうして自助グループに参加していることも知られたくないと言った。それは
ともかく、自分の母親にも話す気はないという発言には皆驚いてしまった。
人一倍健康に自信があった彼女は、同級生たちが結婚ラッシュにある最中、結婚の招待状が
届いたり、あるいは産まれた子供の写真つき年賀状が正月に届くことが、とても苦痛だという。
バリバリと仕事をこなしているので、結婚以外のことは全て順調なのだという。今まではただ
単にいい人と巡りあえていないだけだと軽く流せていた事柄が、筋腫が発覚して以来、それが
出来ないという。筋腫という病気を持ったことで、自分の女としての価値が下がってしまった
ような気がしてならないようだった。筋腫なんて女性が3人や4人いれば、1人は筋腫持ちだ
というくらい、ありふれた病気だから、そんなに卑屈にならなくてもいいのではないか、と言った
けれど、完璧主義の彼女には婦人病を抱えて生きていることがとても苦痛らしいのだ。
症状や筋腫の状態など尋ねてみると、筋腫の数は2個で大きさも今は経過観察しましょう
というほどのものだという。過多月経もなく痛みも全くないという。ただ、正常な子宮ではない
ということが自分自身で許せないという。精神的なダメージが強いようだ。彼女の話しを聞いて
いて、正常な子宮って一体何なんだろうって思った。おそらく私など生理が始まって以来、
一度も正常な子宮ではなかったと思う。彼女が許せない醜い子宮を抱えて生きてきたが、
腺筋症の病巣だらけの太った不恰好な子宮に愛着を感じている。
病気てあることは知られたくないが病気の情報は欲しい。だから、他人だらけの自助グルー
プの会合に来たのだそうだ。筋腫って、そんなに恥ずかしい病名かなぁ。親にも知られたくない
病気なのかなぁ。頭が切れそうな彼女ならば、筋腫の素晴らしいブログでもHPでも運営できる
のに惜しいなぁと思った。筋腫が知られたくないのなら、きっと腺筋症なんて病気はもっと知られ
たくないのでしょうね。
第百五十四章 閉経まで
筋腫も内膜症も腺筋症も女性ホルモンが関与している良性疾患は、閉経してしまえば
終わりだと言われいる。生理があるから症状が出る。病気が進む。だから生理がなくなって
しまえば生理もなく病巣も栄養分を失われてやがては休眠状態となる。筋腫や内膜症、腺筋症
の病巣が残っていても、それはもはや悪さを起こすこともなくなる。腺筋症の激しい症状に悩み
んでいる最中は、とにかくこの辛さも閉経がゴールだと思いだけで耐えてこられた。
だが、49歳という年齢になり、いよいよ閉経の時期が見えてきた今、疑問も湧いてきた。
今までは、閉経になれば生理も終わり、生理が終われば痛みと出血にも悩まされることも
なく、健康的な生活が送れる。そう思って生きて来た。しかし、それは果たして真実なの
だろうか、と。更年期の真っ只中に突入した頃から、更年期障害や閉経後の病気、それも
命に関わるような大きな病気の存在がのしかかってきた。
そうか。閉経するということは、自分の体内には女性ホルモンがなくなるということだ。
腺筋症の病巣も活力をなくすが、それだけではなく体のあらゆる臓器や組織が女性
ホルモンの保護から外されてしまうのだ。だから、今までと違い痛みとか出血みたいな
自覚できるものはなくなり、今度は高血圧や高コレステロール、骨粗鬆症などの自覚
しにくい病気にならないように心がけないといけないのだ。閉経した時は、もう若くはない。
若い時には、閉経したら今まで出来ないことが出来ると思っていたけれど、それはその時の
自分の年齢でのイメージだった。実際に閉経になった時、どう感じるのか予想がつかない。
やったー!と思うのか。寂しいと感じるのか。閉経は、女の人生のピリオドではないが、
何個か打つカンマの一つであることは間違いない。
36歳で子宮筋腫のために子宮を全摘した母は、生理がないとスッキリしていいよぉ。
あんたもそんな悪い子宮はさっさと取ってしまいなさいよとよく言っていた。母は、全摘後
は仲の良い友人と全国の名所巡りをしたり温泉旅行に出かけて楽しんでいた。いつ生理に
にるのか考えずに済み、かつ生理用品の準備もしなくてもよい。母は、全摘してスッキリ派
だった。それなのにその娘である私は、いつまでもぐだぐだと子宮にこだわり続けている。
ただ一つ言えることは、母と同じ36歳で全摘したとして、私は母のようにはスッキリできな
かったことだろう。
閉経は、初潮よりも衝撃的な体験になるかも知れない。初潮の時は、ああっ、やっぱり
嫌なあついがやってきたか。そんな感じだった。閉経のその時、どう感じるかのか。ちょっぴり
楽しみでもある。
第百五十五章 鉄と便秘
生理が来るとたいしてはご飯ではないが、最初チョロチョロ中パッパなのもので、自然と
過多月経となる。貧血はひどい過多月経の後ではなく、翌日かその翌日にやって来ることが
多い。これだけ出血している割に元気だなぁと思っていると翌日は酷い目に遭うことになる。
鉄剤を飲んでその効果が現れるのも副作用が現れるのも飲んでから少し時間が経ってからだ。
粘膜下筋腫持ちの既婚者で子供ありの人二人が、いずれも鉄剤を飲むとビールがまずくなる。
こんなものを毎日閉経まで飲みつづけないといけないと考えるだけで嫌になる。そう言って違う
病院ではあるが、膣から腹腔鏡下子宮全摘術を受けた。その後にもやはり筋腫持ちの人が
鉄剤を飲むとビールがまずくなる、という話しを何度も耳にした。下戸の私には幸いそのような
悲劇は感じずに済んでいる。(笑)飲める人っていうのも大変なんだなぁと思った。
さて、ビールを飲むとまずい体験はない私だが、鉄剤を飲んでしばらくすると便秘になる。
それもちょっとのものじゃないので便秘になったなと感じたら、鉄剤を飲むのを一旦やめる。
牛乳を飲むと便がゆるくなるのだが、鉄剤による便秘解消にはちっとも役立たない。鉄で
硬くなった便が栓になった後に牛乳で柔らかくなった下痢気味の便が溜まり苦しむことにな
るからだ。でも、呼吸するのも苦しい状態の時は、そんなことも言っていられない。その時は
便秘覚悟で鉄剤を飲みつづける。そうすると今度は胃腸がやられてしくしくと痛み出したりも
する。
そうならないために生理が来る少し前から鉄剤を少しずつ飲んで非常事態に備えている。
それでも急激にドバドバと大量に出血する時は、ひどい貧血に苦しむこととなってしまう。今は
市販の鉄剤を飲んでいるので副作用はそんなに強くない。だが、医者からもらったフェロミア
という鉄剤は、医薬品マニュアルには極めて胃腸に優しい薬だとされているものの、食欲不振
と便秘がひどくて参った。市販の鉄剤は、食欲不振はかなり続けて飲まないと出て来ない。
鉄剤に関する限り、ビタミンなど色々な成分が含まれている市販の方が体に優しく効果も優れて
いるように感じる。
過多月経に悩む女性に優しい便秘にならない鉄剤が出来るといいなぁ。
第百五十六章 50前
50歳。江戸時代、人生50年だと言われていた。いやこれは武士の話しで庶民はもっと
短命だったようだ。何故かは分らないのだが、20代の頃まで自分は36歳で死んでしまう
ものだと思っていた。小さい頃から体が弱くて健康に自信が持てなかったせいかも知れない。
10代・20代はともかく30代も半ばを過る頃までしか体の機能の踏ん張りが利かなくなるんじゃ
なかろうかと無意識に感じていたのかも知れない。
だが、体は弱くとも健康に自信がなくとも何か大きな病にかかっていて、それが致命的な
ものではない限り、普段の生活をしていれば、そうそう簡単には死なないものらしい。気が付けば
40歳の坂を越えて、来年には50歳代に突入しようとしている。母は、私とは正反対に健康には
自信があった。そのためかいくら人生が短いとしても最低は70歳までは軽く生きられるものと
信じていた。がん家系であったから、最終的にがんが死因となるにしても、それは80歳前後の
ことだろう。と、これまた何の根拠もなく思い込んでいたようだ。
亡くなる10年近く前に糖尿病だと言われてはいたが、その奥に膵臓癌が潜んでいるとは
考えてはいなかった。がんは、早期発見・早期治療をすれば治るようになったと報道されて
いる。が、膵臓癌は早期発見も早期治療も難しいし、早期に治療したからと言って、治癒率は
それほど高いものではない。母が死んだのが58歳で、いよいよ私も母の死んだ年に近づいて
きた。人生の終わり方についても、母の闘病中から時々考えるようになった。
50歳かぁ。10代の頃、接していた50歳の人はおばあさんに見えた。初老と呼ばれる年
だということを考えると確実に老化への入り口だと認識しなければならないと思う。何だか
やれ腺筋症だ、痛みだ、過多月経だと子宮に振り回されているうちに、若い時代が過ぎ去っ
てしまったなぁと思う。19、29、39と9がつく年齢の度に自分の人生を振り返ってみて、また
新たな年代はどうなるのだろうかと思う。
母が50歳になった時、まさか自分が8年後に死んでしまうなどとは考えたりはしなかった
だろう。今までは、子宮に振り回された人生だったけれど、きっと50歳代はそれとは違った
ものになると思う。いずれにしろ閉経はやって来る。閉経後の人生を考えないといけない
と思っている。
第百五十七章 血管と解熱鎮痛剤
読売新聞の夕刊に医療ルネッサンスという連載記事がある。その記事の中に、ロキソニン
やボルタレンなどの解熱鎮痛剤を使っている人は、血管が硬くなり血圧が二割程度上昇し、
動脈硬化が進むというものがあった。11歳の初潮時から、解熱鎮痛剤には毎月お世話に
なり、30歳過ぎてからは、毎日のようにお世話になっている解熱鎮痛剤は手放せない。
慢性的に飲み続けるのは、解熱鎮痛剤に限らず体には良くないと思っていたけれど、血管
に悪いと言われるとやはりなるべく飲みたくはないなと改めてそう思う。
安保徹先生の言われる通り、解熱鎮痛剤は交感神経を刺激して血管を収縮させる。
そのために血管内を流れる血流を減らし、痛みの物質が流れないようにしているので
体には無理がかかってくるのだろう。血管は交感神経の刺激を受け続け血管が収縮
しっ放しとなって弾力性を失い血圧を高めないと全身へ血が回らなくなってしまうのだろう。
そうは言っても痛いものはとても我慢できない。血圧が二割高くなると分ったからと
言って、それではと解熱鎮痛剤を止めることは出来そうにはない。
痛みがある時、いつも私は何て痛みの前には弱い人間なんだろうと情けなく思う。
痛みには多少慣れはあるが、痛みが強くなってくると頭の中はいつも痛みのことだけ
で、いかにしたらこの痛みを消すことができるか、ということで占領されてしまう。痛み
のない世界へ生きたいと思う。この世に痛みを感じない人がいて、そのために彼らは
短命であったり知恵遅れであったり汗をかけなかったりするのだが、そんな人たちの
痛みを感じられない不幸よりもわが身の痛みを過剰に感じてしまうことを恨んでしまう。
痛みの刺激は知能を保つためには必要な仕組みになっているらしい。もともと人間
の体は痛みを感じるように作られているものらしい。痛みの伝達は原始的なものらしく体
全体に痛みを感じる神経が張り巡らされていて、絶縁体となるミエリンという脂肪に富む
保護体もない。触覚がミエリンに覆われているというのに、痛みにはそれがない。また
脳の視床が傷ついた時、視床痛という治療困難な痛みが生ずることがある。視床は末梢
神経からの痛みを受取る経路の一つと考えられている。痛みをどこかで遮断すれば痛み
は感じなくなると単純に考えるが、実際はそうではないらしい。視床が壊れることで激しい
痛みが起きるということは、視床は痛みを感じないようにと抑制していることになる。と
いうことは、人間の体は元来痛みを感じることが基本となっているのだろう。
生理痛がひどくなってくると腺筋症や痛みとその治療について色々と妄想を膨らませて
しまう。こうすれば腺筋症は完治する、痛みが消えるとかまぁ色々と馬鹿げた事が次から
次へと飛び出てくる。きっと痛みからの逃避なんでしょうね。
第百五十八章 他の病気
若い頃はともかく、人間も50に近づいてくると生活習慣病など腺筋症以外の病気に
つても関心が向いてくる。我が家は父方にしても母方にしても、がんだらけなので若い
頃から、がんについては関心を払ってきた。だが、がん以外にも自分も他人にも迷惑を
かけて苦しんで生きていかないといけないような病気は沢山ある。最近は、認知症が
気にかかるようになった。
父が昨年腹部大動脈瘤の手術で検査入院した後、せん妄状態となり、そのままの状態
で改善されることもなく、手術を前提とした入院の日を迎えることになってしまった。入院した
後、自宅ではせん妄状態が出ていながらも何とか生活できていた。きっと慣れとストレスを
感じずに済んだろう。それが入院という環境の変化で、一気にせん妄状態が悪化してしまった
ようだ。年相応の物忘れが増えては来ていたが、ここニ・三年は記憶力の低下がひどかった。
でも、せん妄になって病院に迷惑をかけるようになるとは考えてはいなかった。
生死に関わる病気での手術を受けないといけないという気持ちで、うつ状態となり、そのた
めに体全体の血流が低下して、脳の血流も低下したのだろうと私は思っている。父が、このせ
ん妄状態になったのは、実はこれが初めてではない。母が亡くなった後、数ヶ月間、これほど
ではないが、せん妄状態になったことがあった。だから、今回もそのうち収まるだろうと心配
しつつも考えていた。だが、母が亡くなった時とは違い今回は大きな手術が控えていて、ストレ
スが溜まっていることと生活の場が病院ということが病状を悪化させたのだろう。それにしても
父の見た幻覚と妄想はどれもこれも恐ろしい死に関するものだった。男の人って冷静で強がっ
てはいるが、実は心の中は強い不安だらけなのたなぁと思った。それを人に知られまいと演技
しているのが癖になっているのだろう。せん妄状態になって初めて知る父の姿だった。
母は、ボケる前に死んでしまったが、母の父は、恐らくアルツハイマー病による認知症で
あったと思う。そして、母の母は、若い頃からの高血圧による多発性脳梗塞による認知症
で、いわるまだらボケであった。そして父方の母も脳血管性の認知症だった。今までは体
の病気、特にがんに対する関心が高かったが、最近は若年性認知症など認知症が話題と
なっていることもあって、脳みそだけはまともでいたいという思いが強くなってきている。人間、
健康が第一だとつくづく思う。人間の長寿は、脳の健康があってこそだ。
腺筋症や筋腫の人たちは、そうでない人に比べて乳がんになりやすいという報告もある。
皆さん、腺筋症だけではなく他の病気についても気をつけましょうね。
第百五十九章 がん
良性疾患と悪性疾患の関係だが、昔は全く別物として扱われていたものが、今はより近い
関係だと言われるようになってきている。悪性腫瘍は良性腫瘍に浸潤、つまり正常の細胞と境界
がはっきりとしない形で増殖したり、他の場所で増殖したりする転移という性質を持ったものだ
とされている。内膜症の厄介なところは、増殖しても直接命に関わることが殆どないという点を
除いては、がんによく似ているところだ。腺筋症だって同じようなものだ。腺筋症は内膜症と違っ
て他の場所に転移しないと言っても、それは子宮の筋層内に病巣があるのが腺筋症だと定義
しているからに過ぎない。腺筋症が子宮の外で増殖すれば、それは腺筋症とは呼ばずに内膜症
と呼ばれるに過ぎない。恐らく、腺筋症由来の内膜症患者というのも少なくはないと思う。
子宮筋腫で、子宮動脈塞栓術(UAE)を受けた人が、同じ病室の人が自分以外は、がん患者
だったという。そして、その患者さんの全てが以前に子宮筋腫で子宮全摘術を受けていたという。
放射線科だから、がん患者が多いのだろう。しかし、それにしても筋腫で子宮全摘という人が多い
のには驚いたという。子宮を取る手術とがんとの関係はないのか。手術をすると免疫力が低下する
のではないかと不安に感じたという。
筋腫とがんとの関係は言われていないが、内膜症と腺筋症については、がんの準備段階と
見られている。内膜症は特に卵巣がん、腺筋症は子宮体がんとの関係が疑われている。腺筋症
の場合は、子宮内膜が直接子宮筋層内に侵入していき、筋層内で増殖しているという説が有力
である。腺筋症といえば、子宮の筋層にばかり目がいくが、実は子宮内膜の変化がその根本に
あるのだと思う。筋腫も内膜症もそして腺筋症の患者の正常な場所にある子宮内膜の性質は、
健康な女性のものと比較すると局所的に女性ホルモンの濃度が高まっていることが知られている。
子宮内膜から子宮筋層内に侵入する場合、子宮内膜のうちホルモンに反応しにくいとされている
基底層から侵入し、侵入した後に、その一部がホルモンに反応して増殖する機能層に変化して
いると考えられるのだそうだ。この考えからすると腺筋症の場合は、子宮内膜の基底層の変異が
病気の始まりになる。では、その変異をもたらしたものは何か。それが分れば、腺筋症の発症を
防げるようになるのではないだろうか。腺筋症の子宮筋層への浸潤度は、がん以上に強いそう
だ。腺筋症の正常子宮内膜は、生理時には正常の子宮内膜と同じように働いてはいるが、それ
と同時に腺筋症の病気の進行の要にもなっているのではないだろうか。
腺筋症とがんの関係を知るためにも、子宮内膜についての研究が進むことを期待している。
第百六十章 髪の毛とストレス
中学二年の時、担任の教師からのいじめを受けて、人生とは何か。人は何のために生きている
のか。人としてどう生きるべきか、などと人の関係に傷つきながら、インターネットがまだ存在しな
った時代に、その答えを求めて私の場合は図書館に走った。生きている人間と話しをする気力が
湧かないので、過去に生きていた人たち、あるいは今この世に存在しているが遭遇する機会が
ない人たちの体験から何かを得ようと必死になっていた。今、自分が悩んでいる事柄については
いつの時代でも多くの人が悩んでいるもので、それについての悩み解決にもうまい対処法が書か
れているはずだと子供なりに考えたからだ。
学校へは行きたくない。でも、学校を一度休んでしまえば、きっとまた登校する気にはならない
だろうことは分っていた。だから、心は苦しみ逃避しつつも登校していた。そんな日々の中、頭の
中には、同じ考えが巡って離れ難くなって、頭にお椀を被っているかのような頭重感に襲われる
ようなっていった。図書館で、あるいは自宅で借りてきた哲学書や宗教に関する本を読めば読む
ほど心が晴れるどころか逆に暗くなる一方だった。
そしていよいよ体に変調を来たしてしまった。自律神経失調症だった。医者は、まぁ、閉経後
に女性が体験する更年期障害と同じものだと言った。そして、あまり心配せず頭を働かずに
いれば、悪性の病気ではないのだから、生きていればそのうち良くなってくる。時間は長くかか
っても別に死にはしないから、とも言った。真実かも知れないが、14歳の私はその口調に思い
やりのなさを感じて絶望した。もう誰も理解してくれない!そんな日が続いていた時、ひどい生理
痛に襲われて吐いてしまった。その時、産まれて初めて髪の毛に白いものを見つけた。悩みは
白髪を増やす。
白髪は、ストレス、特に頭の皮膚と血管の緊張が高まる時に増えるようだ。腺筋症が進み、
過多月経の度合いがひどくなり慢性的な貧血に見舞われていた時は、白髪の他、髪の毛の
トラブルが続出した。太くて黒黒とした直毛の髪の毛は、らせん状の髪の毛、ひどい枝毛、細い
赤い髪の毛、そして脱毛。まるで髪の毛のトラブル女王だった。鉄剤を飲むようになってからは
らせん状の髪の毛や枝毛は殆ど出なくなった。白髪が一気に増えたのは、スプレキュアを服用
した時以後だ。スプレキュアを使い始めてから三年間ほどは、ひどい白髪に苦しめられた。スプレ
キュアの場合は、精神的なストレスというよりも体に対する強いストレスのためだと思う。
そして今回は、父の入院とせん妄騒動で心身ともに疲れ切ったためか、脱毛と白髪がひどく
なった。脱毛した後は毛が生えないままではなくて、また毛は生えてきている。私の場合は、
ストレスが髪の毛に出てくる体質のようだ。たかが髪の毛というなかれ。髪の毛は体に溜まった
毒素を排出する器官でもあるという。たっぷりと溜め込んでしまった毒素が抜けるまでには相当
時間を要するのだろうなぁ。皆さんは、髪の毛とストレスとの関係を感じることはありませんか。
第百六十一章 冷えは足の裏から
婦人病に限らず体を冷やすことは良くないと言われている。そことを北海道に住む私が実感す
るのは冬の寒い時だ。さほどの寒さの時は何となく足が冷えるな、腰が冷えているなとしか感じ
ない。だが、1月の寒い吹雪の日に雪かきを済ませて暖かい家に戻ると冷えは足の裏からやって
くるのだなぁと思う。足の裏が冷えてくると足は勿論のこと寒さが体全体に広がり、遂には頭にまで
昇ってくる。まるで裸で氷の海に投げ出されたような悪寒が走る。寒い時は足の裏を暖めることに
している。
冷えと言えば、不思議なのは、寒い外で雪かきをしている時は痛みがないか、軽い痛みの時
であっても、雪かきを終えて家に戻り暖を取って30分も経つと猛烈に痛みが襲ってくることだ。
体を動かしているうちはいいけれど、安静にして体が冷えてくると痛みが起きるということなのか。
しかし、その後、暖房に当たって体全体が暖かくなった後でも起きた痛みは消えない。運動した
後に痛みが出る仕組みはどうなのか。理屈で納得したいものだ。
沖縄旅行をした時、自分のひどい内膜症の症状が好転したことから、北海道から沖縄へ移住
してしまった人を知っている。この考えからいけば、南の暖かいところに住む人は、婦人病が少ない
か、例えかかっていても症状が軽いということになる。はて実際はどうなっているのだろうか。がん
には登録制度があって、かなりの都道府県で統計が取られている。腺筋症や内膜症も全国レベル
で登録をして研究していけば、今まで知られていない子宮腺筋症の真実が見えてくるのではない
だろうか。今の診察と診断は問題だ。MRI画像が普及しているので、昔に比べて腺筋症の診断率
は上がってきていると思う。しかし、医者が患者には、腺筋症とは告げずに筋腫と告げたり、内膜症
と告げてみたりすることも多いようだ。医者にしてみると筋腫も腺筋症も最後は全摘するのだから
特別に区別する必要はない、と考えていてのことだったりするようだ。しかし、腺筋症は腺筋症と
きちんと診断されなければ、患者は正しい治療法も今後の生き方の方針も決らない。
冷えと運動が腺筋症の痛みに与える影響についての研究なんて出て来ないかしらん。