[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック

第百八十三章 冬は最悪 

 腺筋症持ちにとっての冬は最悪です。元々冷え性に冬の厳しい寒さが加わると、いつもの
内臓から外側に放散する痛みに、皮膚の外側から圧迫されるような肩こりにも似たような
嫌な感じの痛みが加わる。家の中にいてストーブで暖を取っていても、体は春や夏や秋の
ようには反応しない。その上に冬の雪かき作業が加わると少し痛みが激痛に変わってしまう。
雪かき作業中はまだ良いのだが、作業を終えて家の中でほっと一息ついた頃に、じわじわと
した痛みの予感がしてくる。急いでロキソニンを1錠飲んでみるが、その後はどんどんと痛みが
増してきて、遂には激痛に変わる。これがいつものパターンだ。

 というわけで、結局はロキソニンを飲んでから効果が出ないのでと一時間ほど経過してまた
更に1錠を飲む。そしてまた一時間後に追加して、ようやく痛みが取れる。そんなことを何度か
繰り返すうちに、痛みの予感が出た時に先手必勝とばかりにロキソニンを2錠飲むようになった。
それで大体のところは雪かき作業後に激しい痛みに教われなくても済むようになった。それでも
時には、痛みが強くてまた更に1錠追加して飲むこともある。とにかく冬は腺筋症には良くない。
寒い外気に晒されて知らず知らずのうちに体の芯から冷えることが原因だと思う。

 とにかく冬は最悪だ。どんよりとした雲が現れて、いつまで止むか分らない雪がどんどん降ってくる。
そして、雪はただ降るだけではなく、解けることもなく大地に積もっていく。それは道路だけではなく
家の屋根、小屋の屋根、車庫の屋根にも降り積もる。雪かきは何も雪が降っている時だけではない。
雪が止んで空に太陽がさんさんと降り注ぐようになっても、降った雪の作業が待っている。道路に面し
た家の前には硬くて重い除雪機が置いていった雪山というか氷の山が残されている。道路から自宅の
玄関先までの除雪は腕だけではなくお腹にも力が入る。慢性的な貧血患者でもある私にとっては、この
作業は疲れるだけではなく、痛みを起こす。腺筋症患者は寒いところに住むと苦労をする。寒いだけで
はなく雪が沢山降り積もるところは避けた方が良い。

 雪が降らない地方や沖縄県など温暖な気候に住む腺筋症持ちにとっての冬は、どうなのか知りたい
ところだ。北海道は冬がなければ住むところとしては悪くはない思う。11月から3月まで丸々冬という
のは、婦人病に限らず健康には良くないなぁと思う。

第百八十四章 痛みの行方 

 私も来年でいよいよ50歳の大台に乗る。10代の頃、30歳くらいの女性を見て、あれくらいのおば
ちゃんになるのはずっと先のことだと思っていた。そして、小さい頃から不健康だったので、こんな体
では50歳までは生きられまいと考えていた。それが50歳も目前に迫ってきている。生理が始まり激痛
に見舞われるようになった時に考えたのは、閉経まで頑張れば全てが終わるということだ。生理がなく
なれば、生理痛に悩まされることもない。50歳の声を聞く頃には、閉経をしているか、そうでないにしても
閉経間際なら激しい痛みではなく、あっても市販の痛み止めでコントロールできる痛みになっているだろう。

 そんな予想は見事に外れた。だが、49歳になって最終コーナーを曲がっていることは間違いはない。
生理が始まった頃は、生理痛は直線状に強くなると考えていた。だが、そう思えたのも30歳までが限界
だった。生理のニ日目・三日目だけ我慢すればいいが、生理の間だけ我慢すれば何とかなる。そして、
そのうち生理が終わっても暫くは子宮が痛いになり、そして生理でなくても毎日痛い状態となった。
腺筋症の病巣の量がある一定の限度を超えたところから、痛みは一気に加速度を増してくるようだ。

 痛みの苦しさ体験した人にしか分からない。世間の人は婦人病について詳しいことを知らないし、
知ろうともしていないように見える。女というものは、ある程度の年になれば生理が始まり、ある程度
年が進めば閉経する。そして、生理の時は生理痛がある人もいる。生理痛がひどくて寝込む人が
いる。その程度の認識ではないだろうか。生理に伴う痛みは女性であれば特別ではなく、仕方が
ないものだ。だからか生理痛に限らず、子宮や卵巣の痛みは軽く見られがちだ。他人の痛みは何千
年でも耐えられるが、自分の痛みは一分たりとも耐えられない。最初は痛みについて熱心に話しを
聞いてくれていてはいても、これが毎度となると「ああ、またね。痛いんだよね。」となる。そして、その
うち、痛みを理由に人の同情を買おうとしているように思われて疎まれてしまう。一度そういうことを
体験してしまうと、痛みについて病気について他人に話しても嫌われるだけだと最初から話さなくなる。

 もし、痛みが黄金だとしたら私は大富豪になっていることだろう。痛みにある時、この痛みは一体
どこに行くのだろうかと考えてしまう。痛みの情報が痛み止めで消えていってしまうものだろうか。
しかし、ロキソニンを飲んで激痛が消えている時も、確かにこに痛みはあるという痛みの存在を感じ
ている。痛みは消えたわけではなく、体のどこかに隠れている。だから、痛み止めの効果が切れると
痛みは、じわじわとゆっくりとではなく急激にどっと堰を切ったように現れてくる。

 50歳が近づいてきて、改めて腺筋症の痛みとの付き合い方を考えている。痛みを捨てるゴミ箱が
あれば、とそう思う。

第百八十五章 子宮への思い

 腺筋症がまだ何とか人前で誤魔化せる程度のものであった時、それは子宮の病気だった。しかし、
頑張っても普通の生活に支障をきたすようになってくるとそれは全身の病気となっていた。子宮の全摘
を受けたいと思うようになるのは、症状がつらいだけではない。子宮が生活の全ての中心となってしまう
からだ。いつも、子宮のことを考えて行動しなければならなくなる。こんな面倒臭いものはいらない。
いくら生まれつき付いていた臓器とはいえ、今は何の役に立たない。それどころ苦しみしか与えない。
あることが体全体のパランスを崩している。取ればそれもなくなる。それなのに取らないのは、子宮と
いう女性性に強いこだわりがあるせいなのか。

 腺筋症が進み、腺筋症の痛みも過多月経の度合いも日々増していく。子宮は子供を産むためには
必要だが、子供を産む予定もない私にはあまり必要がない臓器かも知れない。母は、三人の子供を出
産した後に筋腫のために子宮を全摘した。もう子供を産むこともないし、生理がなくなれば生理時のわ
ずらわしさもない。生理用品を買ってよいする必要もない。母の場合は、子宮を取った後には悪い影響
は一切なかった。更年期障害になることもなかった。もっとも、母に言わせると「更年期障害になる人
は何だか難しいことを考えたりしている頭が良い人たちがなるもの」なのだそうだ。

 今考えると母が子宮を全摘した頃は、まだ富士見産婦人科病院事件が起こる前のことで、母の
周囲には、あちこちらで子宮筋腫が伝染病であるかのように流行っていた。そして、子宮筋腫と
言われたら、若くても子供を産む予定がなければ即全摘手術を受けていた。母の筋腫も二個のみ
で、一個は冬ミカン大、もう一つはピンポン球大だった。だから核出するのも容易だったと思う。
でも、その当時は子宮の核出などは例外だったのだろう。子沢山ののどかな時代だった。産婦人
科医が活躍した時代でもあった。母の子宮全摘の手術に立会い、医者から二つの筋腫を見せられ
た時、「こんなのこれだけ取ればいいのに。何も子宮を全て取らなくてもいいのに。」と思った。

 その時の思いがずっと頭の中にあった。そのこともあってか良性疾患での子宮全摘は私の選択
肢にはなくなった。計算外だったのは、筋腫ではなく腺筋症になったことだ。筋腫であったのなら、
あの時の思いから核出手術を選択したかもしれない。幸か不幸か腺筋症は核出手術をしても、
何年かすれぱ再燃は必至であり、痛い思いをしてもその甲斐があるとは私には思えなかった。
痛みが強くてもう駄目だと思うことが度々あっても結局全摘しないは、子供の頃、簡単に(と私には
思えた)次々と全摘されていく、まだ使える子宮が葬られていくことに強い疑問を感じたからだと
思う。

 40歳で腺筋症と診断されて、ホルモン療法を受けたり、漢方薬や針治療を試みたりして何とか
全摘を避けようとした人が、五年間で音を上げて全摘を受ける。そして、私のように進んでしまった
腺筋症はもはや内科的治療では直せない。生活の質も低下はしている。第一、この痛みの生活
が続くのは耐えられない。全摘後は、筋腫や腺筋症や内膜症の人たちは一般の人たちよりも
閉経が3年は遅いと言われたのにも関わらず、更年期障害の症状が出た。卵巣が片方残っている
ので、女性ホルモンは大丈夫と太鼓判を押されたというのに。そういう体験談を何度か目にする
度に腺筋症は子宮単独の病気ではない。体の一部の臓器として子宮は働いているのだと思う。

 医者は、もうろそろ閉経が近いのではないかと言う腺筋症の患者に閉経はまだまだ、卵巣は
片方残せば更年期障害は起きないと言っては、全摘手術を受けさせる。患者もそれを信じて
手術を受ける。結果は、痛みも出血もなくなり貧血からも解放される。だが、予想に反して更年期
症状が起きてホルモン補充療法を受けたりしている。全摘後は産婦人科から解放されると思って
いたら、今度は更年期障害で治療を受けることになっている。女は、死ぬまで産婦人科とは縁が
切れないとは言うものの納得がいかない結末だ。

 って、結局のところ、私は医者を信用していないということだろうなぁ。


あとがき

 小部屋も2001年から初めて今年で満7年となりました。当初は、半年間あるいは一年で閉鎖する
つもりでした。地元の自助グループのHPを作るために、まずは一度個人的にHPを作ってみようと
考えました。それではと自分の一番の悩みである子宮腺筋症についてのHPを作ってみようと思い
ました。それで、既にインターネットにある腺筋症のHPを参考にしたいと思いました。検索機能を
使って「腺筋症」で検索してみました。だが、ヒットはゼロ。えっ、何故?婦人科のHPってないのかな。
そう思って、次は「筋腫」で検索をしてみました。すると続々と出てきます。患者が作ったものや医者
や企業が作ったもの様々です。次は「内膜症」で検索してみました。すると筋腫ほどではありませんが、
沢山のHPがヒットしました。それなのに何故、腺筋症ではヒットしないのか。

 小部屋を作る時は、半年か一年もすれば、その当時は個人でHPを作るのがブームだったので
すぐに同じような腺筋症のHPが生まれてくるものだと思っていました。しかし、現実には今もHP
とブログを合わせも極く僅かです。一年が経過して本格的に小部屋を始める時、私は自分のHP
の指針を決めました。他の婦人病のサイトを覗いてみて気になったことがありました。それは、管理
人が看護師の場合もありましたが、但し書きがされいて、私イコール管理人は患者であり、医療関
係者あるいは医者ではないので、具体的な医学情報の提やアドバイスはできない。詳しい情報を
得たいのならば、そちらHPをご覧下さい。そのために、掲示板を見ていると同じような質問が溢れて
いました。おそらくは何度何度も繰り返されているであろう質問と私は専門医ではないのでお答え
はできませんという答えの繰り返しがとても虚しく思えました。

 そして、内膜症や筋腫の全体像を知るためには、そのHP一つでは済まず、他のHPへも足を
運んで、その中から自分の目指す情報を集めなければなりません。病気で体も心も大変な時に
いくら自分の闘病のためには必要なことだとはいえ、何と手間がかかることでしょうか。このHP
を訪れば、自分が欲しいと思う病気についての基礎知識が得られて何度も同じ質問と回答を繰り
返す必要がない。そんなHPにしたいなと思いました。私は本を読み、知識を集めるのが好きで
時間とお金をかけて情報を収集したけれど、それを自分一人だけのための知識としてだけでは
なくて、そういうことが苦手な人やそのことに関して時間やお金をかけれない人たちのために
自分が得た情報を公開しようと思いました。参考文献を掲載すると著作権の問題があるかも知れ
ないのが気がかりでした。でも、その時はその時。駄目だと言われたら、その時は止めればいいさ
と考えることにしました。

 私の目的とするところがどの程度まで達せられたのかは分りませんが、自分なりに努力はして
きました。ただ満7年が経ち、腺筋症を持ちつつ、治療と妊娠・出産を目指す方たちが増えてきま
した。独身で50歳に近い私が管理人を続けることに疑問を持つようになりました。何かが違う気が
してきました。これからは、今正に治療をしつつ妊娠にチャレンジされているような若い人の目から
新しい腺筋症のHPやブログが必要とされていると思います。私が自分なりに目標を立てたように
、その方たちも、その人らしい目標を掲げて腺筋症のHPやブログを作って頂きたいと思います。

 小部屋に一度でも遊びに来られた皆さん、北海道の片田舎のしがないおばちゃんが始めた
HPを見て頂いて本当にありがとうございました。皆さんの中から、何人ものの方が新しく素晴
らしいHPやブログを作り、腺筋症患者の交流の場が増えることを期待しています。

 最後に、あらためて皆さんへ感謝申し上げます。満7年間、小部屋を愛して頂いて本当に
ありがとうございました。m(__)m

 目次に戻る
 
トップページに戻る