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今夜の番組チェック

第九十七章 質的変換点

 私の長い腺筋症の歴史を振り返ってみると、量的なものが、ある時から質的に変換する
時期があった。まず最初の質的変化は、中学に入学した頃だったと思う。血の塊が出始めた。
小学校5年の冬に始まった生理は、最初はただ痛いだけだった。それが小学校6年になると
少しずつ経血量が増えてきたなぁと思っていた。そのうちに、小さな塊が出始めるようになった。
中学1年の夏頃には、結構な大きさの凝血が出ていた。それに伴って生理痛の方も次第に
増してきた。

 解熱鎮痛剤は、初潮の頃から使っていたが、凝血が出始めた頃には、生理の時には必ず
飲んでいた。しかし、それは生理の二日目と三日目の二日間だけだった。高校・大学時代も
次第に経血量は増していったが、生理の経血量がひどくて痛みがあるのは、せいぜい3日
間だった。しかし、市販の解熱鎮痛剤を飲む回数は増していった。

 その次に、変化があったのは、丁度30歳になった頃だった。ますます経血量は増えて
いた。だが、一番困ったのは、生理の間中、ずっと痛みが続くことだった。今から考えて
みると鉄欠乏性貧血の度合いが一気に進んだのもこの頃だった。しかし、まだ市販の解熱
鎮痛剤を飲めば、完全には痛みは取れなくても何とか動けた。

 腺筋症の病巣が増えて、それまでの病巣の量と比例して痛みや出血の変化だけではなく、
完全に病気が別段階に入ったなと感じるようになったのは、33歳の時だ。凝血のサイズは
ひときわ大きくなって掌サイズのものが出てくるようになった。経血の出方も時々ドバッと出る
という可愛げのあるものではなくなった。どこからこんなに血があるのかと思うほど出始めた。

 生理の期間は当然のこととして、生理前から痛みが出るようになった。最初は、排卵期と
思われる時期に、左の足の付け根がキリリと痛むようになった。それが、いつの間にか腰や
足先に響くようになった。そして、生理が終わっても子宮内膜が剥がれた後がヒリヒリと痛み
出し、その痛みがなかなかおさまらなくなってきた。

 こんな調子で、どんどん痛みと出血がひどくなっていった。そして39歳の4月には、お腹を
触れると腺筋症で大きく膨らんできた子宮が分るようになってきた。そして、いつも痛みが
あるようになってきた。市販の鎮痛剤は、それより前、既に3年前くらいからは、あまり効か
なくなっていた。飲んでも胃や腸が荒れるだけで、効く時間もせいぜい1時間程度になって
いた。自分でもこれはもう限界かも知れないと感じていた。大きくなった子宮が神経を圧迫
し、膀胱も子宮に押しつぶされて尿を少ししか溜めることが出来なくなっていた。

 うつぶせに寝ていると痛みが楽になるが、あお向けになると持続的に痛みがあった。
そして、生理がない時の痛みにも関わらず激しい痛みが起きた。市販の薬はもう効かなく
なってしまっていた。そして、市販の鎮痛剤が効かなくなってきた頃から、生理の時の吐き
気がとてもひどくなってきていた。「まるで妊婦みたい」と言われるくらいだった。焚きたての
ご飯の臭いは、特に駄目だった。元々苦手な魚や肉の臭いも、すぐに気持ちが悪くなった。

 そして、とうとう観念して、死んでも行きたくないと思っていた産婦人科へ行った。そこで
処方されたロキソニンは、本当にまるで今までのことが嘘だったかのように、腺筋症の痛み
によく効いた。また、スプレキュアをして以降は、お腹に大きくなって庇が出来たような形に
ってしまった子宮の出っ張りがなくなった。そのせいもあってか頻尿や持続的な痛みが
なくなった。スプレキュアの副作用は数え切れないが、スプレキュアをしなければ、全摘
するしかなかったと思う。そして、ロキソニンがなければ、さっさと子宮を取っていたこと
だろう。とにかく痛みはつらいし、我慢するのにもとてもエネルギーがいる。

 長年にわたり、腺筋症を患っているとこの変化が病気の進行のせいなのか、それとも
年齢的なものから来る変化なのか区別がつかないようになってくる。私の場合は、痛み
と出血のピークは、35歳から39歳だった。今は、その頃に比べたら楽だなと思う。そして、
もう二度とその頃の痛みと出血は体験をしたくないなと思っている。あの頃は、周りに病気
について話せる仲間がいなかった。だから、肉体的には勿論、精神的にもつらかった。
あの時に、小部屋みたいなHPがあったのなら、病気の進行はもっと緩やかだったかも
知れない。

第九十八章 肌のトラブル

 生理になる二・三日前から、子宮の周りの血流が悪くなっているなと感じる。これは子宮
だけではなく、頭の血の巡りもそうだ。そして、痛みがひどい頃は、胸の張りが半端じゃなか
った。ホルスタインかと思うほどに乳が張り、乳汁が出そうなくらいにパンパンになっていた。
今も胸は張るが昔ほどではなくなっている。そして肌もボロボロになっていた。今も時々、
蕁麻疹が出来たり、カサカサになったり、逆に吹き出物が出来たりする。

 貧血がひどい時は、食物アレルギーがひどかった。何かの刺激で、肌にはトラブルが起きた。
生理の時は、痛みのせいで大量に汗が吹き出るせいか肌の調子が良くないことが多い。
私の場合は、湿疹とか痒みが出てくることが多い。ひどい貧血にならないためにと鉄剤を
まめに取り始めてからは、肌のトラブルの回数も減ってきた。鉄不足は、髪の毛だけでは
なく、肌にも大きな影響を及ぼすように感じる。

 肌と共に爪、髪の毛の健康は、まずは鉄欠乏性貧血を治すことが大事だと思う。過多
月経で血を失うことは、単に鉄だけを失うことではない。血液は、酸素を運搬するだけでは
なく、体の隅々に栄養を運び、同時に熱も運ぶ。痛みと出血に振り回されている時は、たか
が貧血だ、鉄剤さえ飲めば何とかなる、と単純に考えていた。しかし、一度、貧血ではない
状態を知るといかに貧血が体に良くないものかが分った。

 目先の息切れやだるさ、動悸ばかりに神経が行ってしまい、貧血による様々な体のトラブ
ルを体全体として統合して考えてはいなかった。貧血を治してみて、肌や髪の毛や爪の
トラブル、過敏症やアレルギー反応が貧血と関連しているのだと分った。痛みがあると
まずは痛みさえ何とかしたいと痛み止めのことばかり考える。しかし、体に悪いのは痛み
よりも出血とそれに伴う慢性的な貧血だと思う。

 そして、なによりも貧血は人を馬鹿にする。貧血がひどい時期は、本当に深く物事を考え
るということがなかった。今までに身についた習慣で惰性で生きていた気がする。気力も
全然湧かなかった。肌のトラブルは、皮膚という表面で起きているのではなくて、体の深い
ところで進行しているトラブルの現れだと思う。肌が元気であるように努力したいと思う。

第九十九章 眠気

 眠い。どうしたのかと思うほど眠い。生理になりそうな気配がしてくるととにかく眠くて
仕方がない。更年期には、睡眠障害が起きて、なかなか寝付けない人がいると聞いて
いるが、私には無縁だ。そんな時は、猫に負けないくらいに寝ていようと思えば寝ていら
れる。眠いと思って、寝てしまったら何時間も寝ていられると思うくらい眠い。

 生理が始まってしまうと眠たさは残ってはいるものの、痛みがあって生理前ほどの熟睡
はできない。が、基本的には眠たいモードだ。痛みや出血と闘いつつ、眠気とも闘わない
といけない。生理前はともかく、生理中の場合は、痛くて眠れないのに、一度寝てしまうと
なかなか起きれない。単に眠たいという眠気ではなくて、底なし沼に落ちていくような、だる
さを伴う眠気がある。

 学生時代、この悪魔的な眠気と闘って受験勉強をしていた時、数学の問題を解いていた
はずが、目を覚ますと何時の間にか夜中になっていたこともあった。抗し難い眠気に襲われ
ると一瞬のうちに寝てしまうものらしい。そして、この眠気を我慢しているうちに、何とか眠ら
ないで済むようになる。だが、そんな我慢を続けていると私の場合は、心臓の動悸が激しく
なってくる。どうやら私は、心臓が弱いようだ。

 世の中には、睡眠時間が3時間か4時間あれば十分だという人もいるが、私にはとても
真似はできそうにない。食欲・性欲・睡眠欲が人間の三大本能だが、生理前と生理中の
どうしようもない眠気のコントロールは難しい。まっ、私の場合、眠気と違い色気の方は、
さっぱりなくてゼロに等しいので、その辺でバランスは取れているのかも知れない。(爆)

 生理前や生理中は、無理をしないように体を休めなさいというサインだ女医さんが書いた
本に書いてあったが、本当のところは、どうなんだろうか。心地よい眠気なら歓迎なのだが、
生理前の眠気はちょっと違う。女は、こんなところでも生理で苦労しているなぁ。って、私の
ような人は小数派なのかなぁ。

 第百章 幻の痛み

 乳がんになった人の闘病記を読んだ。その中に、気になる記述を発見した。その人は、
早期がんと診断された。だか、その当時は、乳房温存療法がまだ一般的でない頃だった
ので、乳房を全摘した。平らになった胸を初めて鏡で見た時は、涙が溢れたという。そして
その後、夫との仲もうまくいかなくなって離婚をした。たかがおっぱいくらいで、と命とおっぱ
いを取ることを量りにかければ、それは勿論、命を取るが当然だろう。しかし、その後、たか
がおっぱい一つのことが原因で離婚する夫婦は多いという。病気の時こそ夫婦は仲良く
ありたいなと独身の私は思う。

気になる記述とは、手術をして数時間が過ぎた頃、ない方の胸の乳首が痒くて仕方がな
ったという。そして、その後も時々、ない方の胸が痛むのだそうだ。手や足を切った人が
その後に、ないはずの手や足に激しい痛みを感じるという話しは聞いたことがあるが、それ
がお乳でも同様に出たようだ。そこで、頭の中に疑問が生じた。果たして子宮はどうなんだ
ろう。子宮を全摘した人たちは沢山いるけれど、子宮を取った後にないはずの子宮の痛み
を感じる人はいないだろうか。論文には、幻子宮痛というものは記憶にはない。あっても
研究の対象となっていないだけなのだろうか。

 内膜症や腺筋症が原因で、痛みに耐え兼ねて子宮を取ったのに、その取ったはずの
子宮がそこにあった時と変わらない痛み、あるいはもっと強い痛みに襲われている、と
いうことはないのだろうか。子宮を取ったら、腺筋症から起こる激痛から永遠に逃れられ
ると信じていたのに、取っても痛みが続くことが数パーセントでもあったとしたら、由々しき
問題だと思う。

 結局のところ、腺筋症は子供を産む可能性が少なくなり、かつ閉経までに時間が
ある場合に、医師は、子宮の全摘を勧める。その時の医師のセリフは、「このまま
の状態では、どんどん病状は悪化します。腺筋症や筋腫の人の場合は、一般の人
に比べて閉経が遅い。だから、あなたが今45歳だからと言ってもあと8年くらいは
生理があります。また、子宮を取るだけだったり、片方の卵巣を取ったとしたも、卵巣
機能には問題はありません。」とよく説明をする。

 この医師の言葉は、それまで長い間、腺筋症に苦しんでいる女性には、子宮を取る
しか健康を取り戻す方法はないという印象を強く抱かせる。とにかく子宮を取れば激痛
や過多月経や貧血から解放される。子宮を取っても卵巣には影響はないので生理が
なくなるだけだという。医師は手術数も多く今まで沢山の患者を知っているので間違い
ないと感じることだろう。全摘しないと一般の人よりも遅い閉経まで病気で苦しまなけ
ればならない。それではと全摘を選んだ人は多いのだろう。

 筋腫や腺筋症や内膜症で子宮を全摘し、卵巣は温存した人たちの闘病記の何冊か
に目を通すと子宮を全摘した後に卵巣は残したのに、閉経状態になっている人が
結構いる。医師から、あなたの場合は、まだ若いので閉経は近い、卵巣は残すので
大丈夫です、と例外なく言われている。だが、手術をして半年とか1年以内に更年期
の症状や閉経状態だと診断されたりしている。全摘手術は、卵巣を取らなくても卵巣
機能の低下を引き起こすのではないだろうか。それ例外的なものではなく、かなりの
割合で起きているのではないか。医師は、それを知っていながらも全摘手術を勧めて
いるのではないだろうか。

 全摘体験者に話しを聞くと医師は、子宮の全摘を決めて手術をするまでは、とても
親切で良い先生で何を聞いても答えてくれる。だが、手術をして退院後、通院し始める
と途端に態度が冷たくなるそうだ。手術後の体調の悪さを訴えても手術後は皆そんな
もの、お腹を切っているのだから、回復には時間がかかるのは当然で神経質になり
過ぎないようにしろと言うそうだ。更にしつこく質問をすると心療内科か精神科へ行け
と言われるらしい。病は気からという言葉があるように、病気は体だけではなく心の
ケアも大切だと思うのだが、産婦人科では、心は問題とされていないようだ。

 全摘してしまえば、なくなった臓器に関しては文句を言うなということのようだ。そんな
考えの医師に、全摘した後もなくなったはずの子宮が痛む人はいないのか、などと
いう疑問など浮かびもしないのだろう。医師は、毎日婦人病の患者を沢山診て、手術
をして、患者たる女性以上の知識を持っているのだと錯覚しているのだろう。実際は
医師が知っている患者の苦しみや病気の知識は、ごく僅かなものだ。そのことを自覚
している産婦人科医は、少ないと思う。

 婦人病に及ぼす心理面は、馬鹿にできないくらい大きいと思う。それなのに体から
得られる数値ばかり信じて治療を進める医者が多いように思う。数値では分らない
何となくおかしいと感じている症状を訴えてみても、医師は数値を見て何でもないと
言って何もしてくれない。こんな調子では、子宮の全摘後についての研究は、あっても
きっと少ないのだろうなぁ。全摘は最後の砦でもあるので、全摘後がどうなのかとても
気になる。

 第百一章 子宮内膜症の本 

 札幌市にある琴似産科婦人科クリニック院長、永井荘一郎氏(59)が、一般向け
の健康医学書『今すぐわかる子宮内膜症』(新風舎)A4判、142ページ、定価 本体
1400円を著した。本は、「症状」「治療」「再発管理」「がんの関係」などの10章
からなり、「子宮内膜症は女性特有の職業病?」などと題したコラムが挿入されている。
永井院長は、いつも診察時間一分で内膜症の説明は出来ない。一時間くらいは説明を
したいと思っていたそうだ。しかし、現実の診療では不可能なので、いつかは内膜症に
ついての分りやすい本を出版したいと考えていたそうだ。


 新風舎は、自費出版を含めて個人が本を出すことを応援している出版社だ。医者が
長年の構想を本にするとある程度の売れ行きが期待でき、商売になるのだろう。筋腫
の本、内膜症の本は次から次へと出るのに、腺筋症の本が出てこない。腺筋症って
そんなに書きにくい病気なのだろうか。内膜症について一冊の本にすることができる
力量がある医者なら『今すぐわかる子宮腺筋症』という本だって書けそうなものだ。
MRI画像や血液検査などの資料についても、素人と違い沢山手元にあるだろう。
永井院長の本は、まだ読んでいないが、内膜症のうちの特殊例として腺筋症について
も少しは触れられていることだろう。

 内膜症や筋腫に比べて、腺筋症を専門に研究や治療をしている医者は数が少ない
と思う。しかし、いる。そういう医者が、一般向けの医学書を出してくれると腺筋症と
診断された人たちは、大いに助かることだろう。一般の書店の女性の病気のコーナー
に、『子宮腺筋症』というタイトルがついた医者が書いた、値段が手頃で読みやすい本が
目に入れば、精神的にもほっとすると思う。

 腺筋症の本を出そうと思っている医者はいないのかしらん。

 第百二章 痛みは足から

 痛みが毎日のように起きるようになって気が付いた。痛みは足からやって来る。足と
いっても、太ももかせいぜい膝小僧あたりまでの部分だ。そして片方の足に現れること
が多い。たまに両足が痛むことがある。痛みが酷い時は、痙攣している時もある。

 腺筋症は子宮の筋層内にあるのだから、子宮やその周辺から痛みが始まるのが
当たり前だという気がする。しかし、実際は、違う。腺筋症の痛みは、足からやって来る。
それも痛みではなく、凝りとしてやってくる。肩こりが足にやって来たような凝りをまず
始めに感じる。血流が悪くなり、太ももの前側の筋肉が硬くなり、冷え始める。こうなると
子宮にも痛みがやってくるのは時間の問題だ。30分も経たないうちに本格的な腺筋症
の痛みが襲ってくる。だから、ロキソニンを飲むのは、この太ももの凝りが始まった時だ。
その方が少ない量で効果的に効く。

 太ももが凝るのを放っておくと筋肉が硬くなり、段々と痛くなってくる。そして、足が冷えて
くる。そして、子宮と卵巣のあるあたりに痛みが襲ってくる。痛い足の側の子宮や卵巣に
痛みが出てくる。生理の時は、はっきりとした強い痛みがある。収縮したり締め付けられる
ような痛みがある。しかし、生理ではない時の痛みは、もっと深いゴムひもを長く引っ張って
いるような痛みがある。伸ばすだけ伸ばして元に戻らない状態のゴムひものようだ。

 ロキソニンが効いてくるとまず足の痛みが消える。そして段々子宮に遠いところから痛み
が消えていく。だが、最後まで子宮のある一点でその痛みは留まってしまう。全く痛みが
なくなるのではなく、痛みはそこにあると分る。ロキソニンが効いている間は、全身の筋肉
の緊張が消える。痛みがある間は、筋肉に力が入り、熱が出ている。痛みがひどい時は
痛みだけではなく、この発熱と全身の筋肉に力が入り、そのために息が苦しくなってくる。
腺筋症は生理痛がひどいと聞けば、殆どの人は、生理の間の何日かの子宮の強い痛みだ
と受け取るだろう。しかし、痛みはそんな単純なものではない。

 子宮腺筋症の痛みについて、もっと一般の人に知って欲しいと思う。腺筋症も一般の生理
痛も同じ生理痛と思われているように感じる。これも子宮腺筋症が知られていないせいだろう。
医者も痛みにはあまり関心がないように感じる。我慢できるうちは、鎮痛剤で対処をして
対処ができなくなったら、子宮を取れば万事解決と単純に考えているようだ。痛みのコントロ
ールが可能ならば、全摘しなくてもすむ腺筋症患者はもっと増えることだろう。


 第百三章 大事なのは卵巣?

 大事なのは、卵巣です。子宮は卵巣についている単に子供を育てるだけの筋肉で
できた臓器です。女性らしさを作っているのは、子宮ではなく卵巣です。卵巣が女性ら
しさを作っています。だから、子宮を取ってもあなたの女らしさは失われません。と、
筋腫や内膜症の本には書いてあることが多い。そして、例え内膜症やがんのために
卵巣を取ったとしても、今は女性ホルモン補充療法というものがあって、それを利用すれ
ば、ホルモンの欠落症状は起きませんし、老化も防げます。多少のがんのリスクはあり
ますが、デメリットよりはメリットの方が高いので、もっと利用すべきだ、とも書かれています。

 でも、子宮がなければ子供は産めない。人工的なホルモンがあるからと言って、45歳
を過ぎた場合は、子宮だけではなく卵巣も取った方が卵巣がんが発生した場合の生存率
を考えるならば安全だ、とも言われている。こういう意見には私は反発を覚える。大事な
のは卵巣で、子宮は子供を産み終えてしまえばもう無用の存在だ。大事と言われている
卵巣だって45歳を過ぎたら、長く見積もっても閉経になってしまえばあるよりはない方が
良いなんて変な話しだ。これが男性の性器とその附属器だったら、医者はそう簡単に言う
だろうか。

 子供を産むか産まないかやがんになったら生存率が低いからと簡単に全摘の対象と
されてしまう臓器は、子宮や卵巣以外にはあまり見当たらないと思う。この考え方が
あるから、子宮や卵巣を何とかして残そうとする研究が増えてこないのだろう。がんの
治療は、がんとは違う良性腫瘍である筋腫にはすぐ応用研究されていく。がんの研究が
進めば、筋腫の治療も進歩をする。

 だが、内膜症のように病巣のある場所が定まらなかったり、子宮腺筋症のように筋層
内にあっても、数が多くて、しかも細かい場合は最初から治癒できることは諦められて
いるように思う。腺筋症の場合は、一つ一つは取り除けないけれど、どうせ子宮全て
取ってしまえば病巣の全てはなくなる。内膜症は腹腔鏡や開腹した際には、直にその
病巣を目にすることが出来る。焼くことも出来る。癒着も剥がせる。腺筋症は腹腔鏡を
使って内膜症のようには病巣を見て、その減量をすることはできない。

 腺筋症を取っても卵巣は無傷のままだから、更年期障害も起きない。不都合は子供
が産めなくなるだけだ。と医者は言う。そして全摘をしたらあなたの生活の質は向上しま
すよと全摘の利点を述べる。しかし、その実、手術が終わり不調を訴えると「手術をした
後、具合が悪いのは皆同じ。自分のせいにしてもらっては困る。第一、もうあなたは手術
も無事済んだのだから、あとは時間の経過を待てよい。そんなに不安ならば産婦人科で
はなく、精神科か診療内科で心のケアを受けて下さい。」となるらしい。卵巣の機能低下
は一時的で子宮を全摘しても不都合なことは何も起きない。起きたとしても、それは私の
知ったことではない。子宮よりも卵巣が大事と言われたのに、その卵巣に不安を覚える
のは当然だろう。だが、患者が思うほどに医者は本気ではそう考えてはいないように
感じる。

 筋腫や内膜症や腺筋症で蝕まれた子宮や卵巣を取り除けば、医者はその後の患者
には急激に興味を失うものらしい。ヒポクラテスの時代から、病気も体だけではなく心を
も治療しなければいけないといわれているが、体しか診ていない、いやそれも自分の
都合に合わせてだけしか診ていないのではないかと思う。


 第百四章 微量元素

 微量元素や超微量元素が足りないなといつも思っていた。何故かというと偏食だからだ。
肉と魚類は食べない。貝類やえびといかなどの甲殻類は食べたりするが、圧倒的に動物性
蛋白質が不足している。昔は、偏食のせいで、だから性格がおかしいとかわがままだとか
言われたりした。肉や魚は苦手だったが、その代わりに野菜は大好きで沢山食べる。だが、
どうしても動物に含まれているものが不足している気がしていた。

 腺筋症に苦しむのを見ていた姉(こちらも筋腫と内膜症を抱えているのだが)が、ゆめビタン
C200という様々な微量元素が含まれている栄養健康補助食品を飲んでみてはどうかと
持ってきてくれた。鉄剤は毎日のように飲むことはあっても、ビタミン剤は、野菜が大好きと
いうこともあって、今まで続けて飲んだことはなかった。でも、今回鉄剤を飲んでもピクノジェ
ノールを飲んでもロキソニンが効いて痛みがない時も、やる気が起きない。その原因は微量
元素の摂取不足にあるような気がしていた。

 ということで、1日2錠ずつゆめビタンC200を飲み始めた。そして1ヵ月過ぎた頃から、痛み
の具合には変化はないが、ロキソニンが効いて痛みが和らいだ後、何かしようとする気力が
出てくるようになった。それまでは、そうしようと頭で思ってはいても、そうできないでいた。
例えば、こうしてパソコンの前に座り、キーボードを叩き文章を綴ろうとしても、気持ちはあって
も行動ができなかった。頭の中では色々と書きたいなと思うことはあるのだが、いざパソコンを
起動させて文章を綴ろうと考えるともう嫌になってしまう。行動をしてみても、かなりの努力が
必要となった。

 人間に限らず生物は皆、原始の海で生きてきた。だから、海のものから摂取しなければ
ならない栄養素があるのだろう。腺筋症で過多月経で貧血だから、鉄剤だと鉄の摂取ばかり
を考えていたけれど、案外と腺筋症とは別に微量元素や超微量元素の不足が体の不調や
もしかすると痛みにも関係しているかも知れない。

 私にとっては、小部屋での交流もまた大切な健康栄養補助食品になっている。小部屋は
読むビタミン剤だ。

 第百五章 霊長類

 子宮内膜症は、やせ型、胃腸下垂型、男性型体質(ってどんな体質なものやら)できれい
好き、誠実、知的、努力家、負けず嫌い、完全主義、自己中心型に発生しやすい、とある本
に書いてある。しかし、この性格の傾向は、統計学的に検討されたものではないという。
臨床に当たる医師が内膜症患者と接した印象から得られたものだそうだ。でも、これって
医者の婦人病に対する偏見じゃないかなぁ。

 身体の一部を壊して出血までして次の妊娠に備える月経を起こす哺乳類は、霊長類しか
いない。霊長類は、母体の大きさに比べて大きな子供を産む。そのために広く大きな胎盤が
母体とがっしりと結びついている必要がある。多くの哺乳類の動物では、排卵があっても妊娠
しなくても、そのまま子宮内膜が退縮する。人間は、子宮内膜に対する侵襲性の強い性格を
持った胎盤を持っている。強い胎盤を受け止めるだけの厚さの使い捨ての子宮が必要だと
いう。そうしなければ、1回の妊娠で子宮が損傷してしまうからだ。

 腺筋症は、子宮内膜が子宮筋層へ侵入してくるという説が有力だ。腺筋症の人たちは、
他の人たちよりも侵襲度が高い性質の子宮内膜を生まれつき持っているのではないだろうか。
それにしても、脳みその発達と引き換えに、女性の子宮、特に子宮内膜及び胎盤に無理を
強いたのではないだろうか。大きな子供を産むための病気が腺筋症や筋腫だとしたら、子供
も男とも関係がない私には、とても皮肉な病だ。

 そもそも何故、猫じゃなくて人になんか生まれてきたのだろうかと不思議に思うことがある。
また、人に生まれてくるにしても何故男ではなくて女なのだろうか、と生理が始まるずっと前
から考えていた。そんな私が子宮の病気で今苦しんでいるのは、神の裁きでしょうか。

 第百六章 老化は11歳から始まる?

 加齢は、生物学的なパラドックスで、ほぼ普遍的なプロセスであるゆえに無限に近い
多様性がある。カゲロウは1日、ハエは1週間、犬は10年、人は一世紀、樹木は千年から
二千年の寿命といわれている。老化は生物学的に不可避な現象ではない。私たちの身体
の一部は不幸にも不死になりうる。それは、ガン化した場合だ。

 老化は、十歳から十一歳頃、つまり思春期の直前から始まる。老化がいつから始まる
かは、加齢と共にどのくらい死亡率が上昇するかが一般的には優れた目安となる。
アメリカ女性の場合、人生の最初の年の死亡率は、千人に一人、十歳になると四分の一
に低下する。そして十二歳頃には上昇に転じる。以後、加速度的に高まる。三十代のはじ
めには、死亡率は新生児と同じになる。つまり、アメリカ人女性の場合、老化は十歳から
十一歳の間に始まると考えられる。日本もそれほど大差はないだろう。一般に考えられて
いる20歳よりも早めに老化は始まっているのだ。

 現代の先進国の人間は、死亡率は八年毎に倍となる。女性が初潮を迎える時には、既に
老化が始まっているのだ。女性の生殖能力のピークは25歳だという。以前、読んだ著明な
産婦人科医の本では、女性の理想的な出産年齢は、21歳だとあった。20歳代も早めが
よいということのようだ。35歳であっても妊娠・維持する力はかなり低下しているのだそう
だ。しかし、近年は晩婚化が進み、40歳過ぎての初産も珍しくはなくなってきている。それと
当時に35歳を過ぎて結婚する女性が増加している。男はいくつになっても若い女性と結婚
をすれば、子供をもうけることができる。格差社会と言うけれど、この男女差はとうてい納得
ができないなぁ。

 理由は何故かは分らないが、思春期以後一定割合で卵は喪失されていき、それが35歳
くらいからは、突然、卵の喪失率が倍加するそうだ。最初に妊娠を完了する年齢が低いほど
乳がんになりにくいのだそうだ。これは妊娠回数に無関係だという。女性の人生設計とは
無関係に、女性の体は融通が利かないように作られているものらしい。

 第百七章 1/10

祖母の初潮は18歳の時だったそうだ。初潮があって数年の後に結婚をし出産をした。母の
初潮の年齢は、15歳だったそうだ。だから、私が11歳で初潮を迎えた時、早過ぎると言った。
ませているから、異性に興味を過剰に持つからだと言われて嫌な気持ちになったものだ。
確かに、ませていたかも知れない。他の人よりも早めに成長する早稲タイプだったのだろう。
私の頃でも少し早い生理に戸惑い、うんざりとしたものだ。体は大きくなっても生理にはなるべく
遅く来て欲しいと願っていたのに、こんなにも早く来るなんて全くついていないなと思った。

 閉経まで生きた旧石器時代の女性が一生に経験する月経サイクルの数は、現代女性の
10/1くらいだったという。そして、乳がんはほぼ無視できる位に少なかったらしい。確かに
祖母みたいに初潮を迎えて数年も経たないうちに結婚をし、8人もの子供を妊娠・出産を
して、40代の後半で閉経を迎えれば、体験する月経の回数も少ないだろう。私が初潮を
迎えてから30歳までに体験した月経の回数の方が多いくらいかも知れない。

 今の女性は、祖母の時代と違い、一人か二人しか子供を産まない。だから、1/10とまで
は言わなくても1/4くらいの生理の回数で十分だという気がする。だから、4ヵ月に1回生理
があるという状態であれば、女性も快適な人生を送れるようになるのではないかと思う。
そして出来れば、子供が欲しいなと思う時に、集中して生理が起きてくれればいいと思う。
今の人類は、12年万ほど前にアフリカから移り住み、その後の十万年あまりで全世界に
広がったらしい。6万年前のネアンデルタール人の平均寿命は20歳、古代ローマ時代は
27歳、二十世紀の初頭のアメリカでは48歳。こう考えると閉経年齢の50歳まで大部分の
女性が生き残れるようになったのは、ついつい最近のことだと言える。

 どうやら、コンピューターみたいに自分の都合がよいようにと月経のサイクルを変化させ
て、しかも体調もおかしくならない状態にするのは難しそうだ。あれば苦しいけれど、なけれ
ばないで不安になり、体調も悪くなる月経は、女性が生きる難所でもある。

 だけれど月経が今の1/10で済み、それが健康なことだったらどんなにいいかなぁと思う。
子宮が健康であれば、煩わしいけれど、そうぷりぷりすることではないのだろう。月経痛に
苦しむ時は、こんなことを考えてしまう。十歳か十二歳の健康と活力を永遠に保ち続けること
ができれば、平均寿命は千二百歳となり、千人に一人は、一万歳まで生きられるようになる
のだそうだ。そうなると閉経年齢は、千歳とかになるのかしら。だとしたら・・・・私はさっさと
子宮を全摘します。(笑)

 千歳は無理でも、いつまでも若々しく、出来るのならば美しく年を重ねたいものだ。

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