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みけの気持ち 

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 新しい腺筋症のHPとブログを期待しています

 今年で、子宮腺筋症の小部屋を閉鎖します、と宣言して早や十ヶ月となりました。
残すところも2ヵ月と少しです。そろそろ小部屋の後は私が受け継ぎます、と宣言
して下さる方が出てきてもいい頃だと思っています。

 腺筋症は閉経まで症状が続く病気なので、例え50歳となったとしても生理が
ある限り、腺筋症患者の現役であることには変わりはありません。趣味のページと
違い、病気の体験者のHPには旬があると思います。私の場合は、HPを開設して
から約三年間が充実していたなぁと今振り返るとそう思います。その後は、そろそろ
新しい人へバトンタッチする時期だなぁと思いつつ、続けてきました。

 小部屋を始めた頃は、一年か二年すれば、腺筋症に関するHPも続々と出てくる
ので、自然と身を引いていけばいいやと思っていました。でも、そのうちにHPより
も簡単に携帯電話を利用して更新できるブログという形のものが急激に増えてきました。
それに加えて、掲示板へのH系のアルファベットだらけのHPのアドレスだらけのしつ
こい書き込みをする人たちが出てきました。掲示板は皆の交流の場として大切なもの
なのに、結局はこの書き込みとの闘いに疲れてしまい、掲示板を閉鎖するサイトが
増えてしまいました。自由な書き込みの場がわずらわしくて管理しにくい掲示板となって
しまっています。掲示板の持つ利点を悪用したとんでもない商売だと思います。こういう
書き込みを法律で規制して欲しいと思います。

 こういう事情も知っているので、掲示板を持つのは大変だと思います。でも、一年でも
ニ年でもいいので、腺筋症の患者の立場から腺筋症について語る場を作って下さる方が
出てきて下さることを期待しています。HPやブログ以外に自由に腺筋症患者同士が集える
場ができるといいなぁとも思っています。

 難しく考えずに、気軽に腺筋症のHPやブログを作ってはみませんか?

 新しいノートパソコン 

 今、私が使っているノートパソコンは1999年の7月に購入したもので、OSは
ウインドウズ98です。その当時は、20万円以上もしていたけれど、今ではもう骨董品
入りかという代物です。メモリーを増設して198MB、ハードディスクは6G。OS
とソフトをインストールしたら使える容量も2G程度です。パソコンが進化するにつれて
私のパソコンはどんどん古くなり使い勝手が悪くなっていきました。

 HPでもアクセスできないページが増えてきました。パソコンの進化を見込んでOS
を膨らませていくマイクロソフトの戦略は、そのOSに合わせてのソフト作りをも容量を
食う形のものさせていっています。私は、容量そのままか増やさずに使いたい機能だけの
分だけサクサクと軽快に動くパソコンが欲しいです。

 携帯できるデスクトップノートにも少し興味があります。マックのパソコンにも興味が
あります。パソコンで私のやりたいことといったら、インターネットとメールとHPくら
いのものです。この際、OSをリナックスにしてしまおうかとも考えたりします。
電源系統がおかしくて、新しいパソコンを買おうとしていたけれど、全然利用していない
バッテリーが切れてしまったら、電源がAC電源で安定したようです。電源が安定してイン
ターネットとメールが使えたら、まっ、いいかってなっています。ずっと使える完成度の高い
パソコンが出てくるはいつになることか。パソコンの進化が続く限り、それは無理かなぁ。

  木のように生きられたら

 木の中には、何千年も生きるものもある。人はせいぜい生きても120年。何と短いこと
だろう。人は、そんなに長生きしてどうなるの?と思うかも知れないが、私は生きて色々な
ことを知りたい。宇宙の謎、人体の謎までありとあらゆる謎を解明してみたい。しわくちゃ
ばばぁになろうとも、元気で体を動かせるのなら千年も万年も生きてみたい。今すぐに全て
の謎が分る能力が身につくならば、残り寿命が10年でも文句は言えないなと思う。

 私の場合は、謎を知りたいことが生きたいという思いに繋がっているが、他の人たちに
とっては、色々なことが人生の目的となっている。気が付けば、色々なことを知りたがる
癖がついていた。大人にどうして?と尋ねても教えてもらえなかったり、いい加減な回答
しかもらえなかったり。第一、とっても嫌われることが分った。どうしたらいいのか。

 人に聞くのが駄目ならば自分で探すしかない。そして、その探す場所は、本の中にある。
そう分ってから、本を読みたくなった。だが、ひらがな以外の難しい文字が分らない。
子供の本には、難しい漢字にはルビが付いている。しかし、ルビが付いているだけで、
それが一体何を意味するのかが理解できない。ということで、子供漢字事典なるものを
買い、様々な本を読み始めた。本は、北海道の田舎で病弱でろくに外へも遊びに行けない
子供にも、広い世界があることを教えてくれた。

 最初に興味を覚えたのは、太陽だ。何故、太陽はあんなにずっと燃え続けていられる
のだろう。どのくらいの大きさがあって、地球からの距離はどのくらいあるのだろう。
その次に興味を覚えたのは、エジプトのピラミッドだ。何故、ピラミッドはエジプトで
生まれたのか。何故、あの形でなければいけなかったのか。砂漠とピラミッドとの関係は
あるのか。人が宇宙に行くのはいつになるか。などなど、子供の頃の私は今よりもずっと
大きな目で世界を見ていた。

 木のように、この世の醜い世界も良いところも一つまとめて大きな気持ちで包み込んで
生きられたらどんなにいいか、とそう思う。


  脳みそは大事 

 そんなことは、何を今更と思うかも知れない。が、本当に最近、実感します。自分の
記憶力が怪しくなってきた、ということではありません。自分の周りが何かと気になり始
めているのです。昨年、父が腹部大動脈瘤の手術のために入院する際に、せん妄状態にな
りました。父は、その時79歳でした。人間80歳も近くなれば、10人に1人くらいは、
ボケ(今は認知症と言いますが)てもおかしくはないのは分っていました。

 父も、50歳を超えた頃(来年、私は50歳になります)に、随分と記憶力が落ちた、
と嘆き、何かとメモをすることが増えました。そして、65歳を過ぎた頃から、かなり
物忘れが多くなってきました。65歳に母が膵臓癌で死んだ時、葬式が終わって3ヵ月
くらいの間、父は変でした。精神的なダメージが強かったせいでしょう。軽いせん妄状態
になりました。ですから、昨年、父が再び、今度は深いせん妄状態に陥った時に思った
のは、それだけ手術そして自分の命の危機感を強く感じたのだろうなということでした。

 病院の看護師さんには、入院してから何日かして、あるいは手術のストレスで、せん妄
状態に陥るのは分るが、入院前にせん妄状態になるなんて変だとおっしゃっていました。
だから、一時的な精神不安定からくる知的能力の低下である、せん妄状態ではなくて、認知
症の始まりではないか、と口には出さずともそう考えていらっしゃるようでした。

 でも、父は自分は大きな手術でまいるような柔な精神ではない、と常々口にはしては
いたものの、母の死で軽いせん妄状態になってしまったように、自分で思うよりもずっと
ストレスに弱い人なのだと思います。80歳という年齢もまた、父の心を重苦しくさせて
いました。というのも、父の母とその弟、つまりは叔父さんの二人がどちらも80歳の時に
脳梗塞になり、ボケ始めたのです。だから、父にとっては、80歳はボケ始める恐怖の年
でもあったのです。

 腹部大動脈瘤の手術を受けたい人は多くて、まずは、検査入院をし、その二週間後にあら
ためて手術のための入院をする決まりになっていました。それがお盆をはさんでいるという
ことで、検査入院と再入院の間が三週間と延びました。その間、父のボケや大きな手術に対
する恐怖が段々と膨らんでいったのでしょう。検査入院は何事もなく過ごして、一時退院し
てきてから、約一週間後、せん妄状態は起きました。

 まず、最初に変だと思ったのは、電話で話している時に、言葉がつかえたことです。
「どうしたの?」と尋ねると「今、別のことを考えていたんだ。」と言いました。「別の
ことを考えて電話していたので、考えがまとまらなかった。」のだそうです。そして翌日
から三日間、一日中、ずっと寝ていて、起きるのはトイレと食事と風呂に入る時間だけで
した。テレビを見ていてもすぐに寝てしまうし、ズバコンの使い方もすっかり忘れてしまっ
ているようでした。不思議そうにスバコンを眺めていました。話しも唐突に始まり、まとま
りがありませんでした。

 母の葬式の後、父の精神が一時的におかしくなって、その後、3ヵ月くらいで回復した
体験をしていたこともあり、せん妄状態となった時は、本人よりも周りがどう接するか
によって、その予後に大きな差が出てしまうこと。対処が悪ければ、そのまま認知症に
なってしまうこともあること。認知症関係の本を何冊もその時に買って勉強しました。
だから、再び、父がせん妄状態に陥ってしまった時も不安にはなりましたが、今度も
きちんと対処すれば元に戻ると思いました。

 それにしても、病院関係者は、せん妄状態に対しては勉強不足だなと感じました。
うちは循環器が専門であり、認知症などは関係はない。そういうことかも知れませんが、
今や高齢化社会です。年寄りの頭の中は、様々なストレスに若者のようには柔軟に対処
することはできません。そして、病院側がもっとせん妄状態に対する適切な手当てをする
ことが出来たら、認知症に移行しなくて済む人たちも沢山いると思います。

 うちの父の場合は、猫好きであることを利用して、頭のリハビリにと野良猫を飼い始め
ました。動物によるセラピーは、頭で考えているよりも物凄い強い力で人を癒してくれる
ようです。父は、猫という自分が世話をしてやらないと生きていけない小さな命に対して
守らないといけない、そのためには自分がしっかりとしていなければいけないと思うよう
です。そのために、脳細胞も色々と活性化されるのでしょう。お茶を入れるという何気
ない行動一つ取っても、脳細胞の様々な場所を使わなければ正しい行動には結びつきません。

 最近の研究によるとアルツハイマーでボケ始める人の場合、その兆候は発症前の10年
も前からあるのだそうです。積極的に自分から物事を考えたり行動したりしなくなるのだ
そうです。年を取ると本を読むのが面倒臭くなるといいます。それを昔は単純に老眼にな
って本の活字が小さいので目が疲れるせいだと思っていました。でも、それだけではない
のですね。脳が不活発になると本の内容を把握して読み続けることができなくなり、飽きて
しまうのですね。確かに自分も貧血がひどい時に無理やり本を読もうとしても、なかなか
内容が頭の中に入らず、ちっとも本を読んだ気がしません。貧血が落ちついて、あたらめ
て読み直してみると、ただ活字を目で追っていたことがよく分ります。

 今回の父のせん妄騒動は6ヵ月の長きに渡りました。そして、その体験から感じたこと
は、体の病気はとてもつらい。特に痛みがあるととてもつらい。だが、精神つまり脳の
病気は、本人もつらいだろうけれど、本人よりも回りの人間が苦労をします。異常な精神
の人間に正常な精神の人間が生活を合わせることは無理です。ましてや存在しない世界を
相手にしている人間との会話は大変です。しかし、その会話の仕方一つで、その後の生活が
一変しまうのです。せん妄には、説得よりも納得です。害がない妄想には、否定することなく
まずは肯定をして、その人が納得できる話しをしてあげることが精神的な落ち着きを取り戻
すことになります。

 人生もしかすると90歳まで生きる人がごく普通になるかも知れない時代です。それな
のに脳みその方は、もしかすると80歳くらいしか持たないとしたら悲劇です。私は、
体は不健康で不自由な思いをしています。でも、脳みその方は、ずっと健康でいたいと
切望しています。
  

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