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みけの気持ち 

 英語 

 脳性麻痺を持って生まれた彼女には、体の動きの制限のほかに、学習障害があった。
小学校や中学校の普通学級に進学した彼女に対して、クラスの男の子がイジメを繰り返した。
言葉の暴力から段段とエスカレートしていき、最後には殴る・蹴るまでいった。のんひり屋の
彼女だったので、いやがらせを受けても最初のうちは、あまり気が付かなかったという。健康
な人は、こんなことをするのかなぁ。蹴られていても、よく伸びる足だなぁ。だから、彼はサッカー
が得意なんだなぁと感心しながら、よく動く足眺めていたりしたという。

 いよいよイジメが酷くなり、普通の人よりも包容力がある彼女も、さすがにこれはひどい
イジメだなぁと気が付いて悩むようになった。そして、担任の先生への連絡帳に、このイジメ
に悩んでいることを書き綴った。翌日、担任の教師は、男子に向かって、厳しい声で、「イジメ
をする生徒がこのクラスにいて先生は悲しい。今、すぐに彼女に対してイジメをしたことがある
人は手を挙げなさい。」と叫んだ。いつもは優しくて大きな声を出したことがない先生が゜、顔
を真っ赤にして目には涙を溜めていた。

 男子生徒が、一人・二人と手を挙げ始め、やがてクラスの全員の男子の手が挙がった。先生は
言った。「手を挙げてくれて本当にありがとう。今、手を挙げた人は今でなくてもいいから、必ず
彼女に対して謝って欲しい。」そして、翌日からイジメはなくなった。彼女のところへは、イジメ
をしていた男子生徒が何人もやってきて謝罪をした。

 彼女は、日本語の文章が読みづらいという障害がある。一週間に一度、新聞をまとめて少し
ずつ小分けしながら、内容をまとめていく作業をし続けている。だが、こんな彼女だが、英語は
何故かすっと頭の中に素直な形で入っていくのだ。英語を日本語に変える作業は得意ではない
が、英語で考えることは、自然の流れで入っていく。日本語のぎこちなさとは、雲泥の差だ。
 彼女にも、生きていく強い味方ができた。自分は、英語で生きていく。体が不自由なら、自分
は頭で生きていくしか方法はないのだ。

 中学の時に、クラスの男子生徒のイジメから守ってくれた担任の先生は、英語の先生だった。
そのことも影響があったのかも知れない。ますます英語が好きになった。高校へ進学して、英語
が専門的に学べる学部のある大学への進学を希望した。英語を武器にして生きていこうと決心
していたのだ。だが、高校の進路指導の先生は、こう言った。「お前が大学に入れるのなら、世の中
の誰でも大学に合格するさ。」でも、彼女はそんな言葉に負けずに、一生懸命に勉強に励んだ。
そして、見事に合格をした。今から、20年以上も前の話しだ。

 そして、今、彼女は大手電機メーカーに就職している。外国への文書を英語で書いたり、日本語
に訳したりする仕事だ。製品のマニュアル本を学国向けに英語で書くという仕事が多い。彼女は、
今では、会社では一目置かれる存在になっている。あの時、英語の担任の先生がイジメられている
私を救ってくれたから、今の明るい自分があるのだと思っている。


 元気だから  

 「元気だから!」
これは、6歳になったばかりの姪が、私が「どうしてそんなに大きい声なのか」と尋ねた
時の答えだ。確かに元気でない時は、大きな声は出て来ない。

 いつも痛くて元気じゃない私には、ちょっと言えないセリフだ。人間、健康でさえあれば
多少頭が良くなくても(多少ですよ。あんまりにも悪すぎると困ります。(笑))いいなと
思う。6歳の姪にとって、毎日痛みに悩まされつづける生活は想像ができないだろう。

 人間は、病気になった時、感性が高まる。普段何気なく見ている景色も大きな病気に
遭遇した時には、いつもとは異なって見えるものだ。また、体が病気でなくても心が疲れ
てきた時にも同じように感性が高まる。

 母がすい臓がんで北海道大学付属病院へ入院していた時、病室から見える一本の桜の木
が部屋の人たちの話題となっていた。母がいた病室は、六人部屋で皆さん、すい臓・胆管・
肝臓などの消化器疾患の人たちぱっかりだった。つまり、食の進まない人ばかりだった。でも、
毎日家族の食事を作り続けてきた主婦ということもあり、食べ物についての話題が多かった。

 入院する前は、皆さん、健啖家であったらしく、あそこのメーカーの何がうまいだの、どこそこ
のレストランの何のメニューがいいとか、自分の得意料理とその作り方など病室はさながら料理
教室であるかのようだった。食べられない人たちが食べ物の話しに夢中になっている姿は不思議
に思えたものだ。

 あれから、16年経った今、思い出してみると病室の皆さんは、食べ物の話しをしている間は、
病気になる前の元気な自分でいられたのだろうということに思い至った。食べ物の話しと
共に話題となったのが、子供の話しと病室から見える桜の木についてだった。母が入院した
時期は、6月の半ばであった。春の遅い北海道でも桜の花が咲き散ってから一ヶ月も経って
いた。その桜の木がいつ咲くかということが話題となっていた。「花が散ったばかりなのに・・・」
桜の花が咲く頃までには、生きていたい。元気でいたい。そう皆さんが感じているのが良く
分かった。でも、それは難しい。

 元気であれば・・・と思う。あの頃は、元気でなくても生きていてくれればと強く願った。今の
私は、元気でないけれど何とか生きている。い1でも桜の木を見ると、16年前の大学付属病院
にいた健康になりたいと望んだが、それを果たせなかった人たちの顔を思い出す。

 「元気だから!」そう言える自分になりたい。そう思う。


  どうも信用できないなぁ〜

 先日、進行肝臓ガンと闘い亡くなった三浦捷一氏の書いた『がん戦記』を読んだ。
彼は、がん患者であると共にかつては産婦人科医として、子宮と卵巣のがん、特に
進行がんに真っ向から取り組んでいた医師だった。医師となって20年と少し、47歳
の時に、C型肝炎で倒れるまで睡眠時間が4時間の猛烈過労死寸前の状態で働き続け
ていた。患者のためにと一途に働く良心的な医師だった。

 そんな彼が、もう時効だからと書いた一文は、とてもひどいものだった。彼がまだ
若い医師になりたての頃、大阪大学の付属病院で行われた子宮がんの手術でのこと
だ。歩いて入院してきた患者が、子宮がんの手術4日後に亡くなるまでの経過は重苦
しい現実だ。医師は、患者の命よりも自分の面子か。医師同士の権力の闘争の前に
患者の命は尊重されないのか。

 子宮がんの手術中に出血がひどく、間違って両側の子宮動脈ではなく尿管を縛って
しまい、尿が出ずに腎不全となって死んでしまったのだ。研修医である三浦氏は、上司
である教授に、動脈と尿管を間違って縛ってしまったのではないか。再手術をして欲しい
と訴える。しかし、教授は様子を見ようと言うのみで彼の訴えを無視する。「泌尿器科
の教授に頭を下げて手術を依頼することはないだろう。」という彼の予感は当たったの
だ。元気に入院した家族が、わずか手術後4日で死んでしまった。それでも、家族は
医師団の手は尽くしましたが残念ながらという嘘の説明に、「大学病院で手術しても
らっても駄目だったのだから悔いはありません。」と言い、遺体を引き取っていった。
 その様子を見ていて、「ここでは、真の患者中心の医療は行えない。」と思い、地方
の病院へと異動する。

 こんな話し過去のことだ。今はそんなひどいことはない。と言いたい思いたいところだが
そうは言えない。大学病院だからと安心する人たちは多いけれど、大学病院が患者に
思いやりある医療をしているかは疑問だ。どうも信用できないなぁ。

 三浦氏の献身的な医療と自らの壮絶ながん治療と再発防止薬の非環式レチノイドの
日本での認可を求める活動を通じて人としての生き方を深く考えさせられた。医師の
中にも本当に色々な人がいますね。患者に優しい医療を実行する医師と病院が出来る
ことを節に望む。

 

 腺筋症外来あるいは腺筋症専門医があればなぁ〜 

 近頃は、女性専用外来とかが出来て、女医による診察が好評のようだ。医学は、細分化
されてきている。不妊外来、内膜症外来は耳にすることはあるけれど、筋腫外来とか腺筋症
外来というものは聞いたことがない。経済的に旨味がないのか。患者の数からいくと筋腫
も腺筋症も相当な数がいるはずだ。

 インターネットで検索すると”腺筋症”でヒットするサイトはどんどん増えてきている。特に
ブログで腺筋症を取り上げることが増えてきているようだ。個人がHPよりもより簡単に
開設できるからだろう。でも、残念ながらいまいち突っ込みに欠けている。腺筋症は何項目
あるうちの一つに過ぎない。HPでもブログでも病院や企業が商売目的で提供する情報では
なく、純粋に患者の立場から出てくる情報が必要だと思う。

 病院や企業による病気の説明は、その病院や企業が行っている活動を中心にした
ものであり、患者の立場に立って偏見がない公平な情報提供とは言えない。筋腫や腺筋症
のような数が多い疾患については、都道府県に最低でも一つくらいは、専門病院があり、
専門の医師がいて欲しいと思う。医師や病院の都合から患者を見るのではなく、患者の立
場から考えた病院と医師を作って欲しいと思う。

 情報を集中させていけば、医師と患者の双方にとっても、それは財産となる。個々人の
医師と患者が持っている病気に関する情報を集中させることにより、今まで見えて来なか
ったことも分かってくるのではないだろうか。治療もしやすくなるだろう。

 腺筋症外来あるいは腺筋症専門医の出現を大いに期待したい。


 雪・雪・雪・・・ 

 今年はとにかくよく雪が降った。いや気象庁の調べによると降雪量はそんなに多くはない
らしい。しかし、気温が低くてずっと最高気温がマイナスだったので、降った雪は解けずに
そのまま積雪になってしまってしまったということのようだ。1月も終わりに近づくとどこへ
捨てればよいのか捨てる場所がなくなってきた。2月になればと思ったのだが、まだまだ寒く
そして雪は容赦なく降り続いた。20日を過ぎてようやく春めいてきた。しかし、弥生3月に
入っても、しっかりと春の重たい雪がずしっと降り積もる。

 放ってもおけずに、ほいとお腹に力を入れて雪かきをすると生理後二週間だらだらと続い
ている経血がドバッと勢いよく出てきた。これでスッキリだらだら続く出血がおさまるといいの
だが、果てどうなりますか。今年は、雪による事故が全国的に多い。昨日も隣町で除雪作業を
していた親子が屋根からの落雪の下敷きになり、一人が亡くなった。

 雪国でない人は、雪を見て綺麗とか幻想的とか良いイメージを抱くもののようだが、雪は
悪魔だ。地元では、雪に悩むのではなく、雪を利用しようという事業を北海道内の大学と
共同で進めてする。北海道でも多雪地帯ということを逆手に取って、冬の間に降った雪を
溜めておいて夏に冷房として利用しようとする試みだ。秋に収穫したおコメの鮮度を保つ
ためにも雪を利用した倉庫で長期保存しようという試みも続けられている。雪蔵米と名づ
けて地元で売られている。値段は、普通のものより一割ほど高い。

 春になれば解けて水となってしまう雪だが、放っておくと屋根に積もった雪が家を壊して
しまうほどになる。屋根でも庭でも車の上にでもどこにでも雪は降り積もる。冬になると
人のうちの敷地に勝手に雪を捨てる輩もいる。それも昔は機械などなかったから捨てるの
にも労力と時間がいった。しかし、今は除雪機でそれほどの時間もなく大量に投げ捨てる
ことが出来るようになった。ご近所なので我慢はしてもあまりひどいとストレスにもなる。
ゴミ収集場の前の除雪も住民皆でということが基本にはなっているが、実際にはゴミは
出すが、除雪はしないわ、ゴミの分別はしないわ、日にちは守らないわの人たちが多い。
おまけにカラスがやって来てゴミを漁る。

 雪が解けてくると犬のフンやら空き缶などのゴミが道路に現れてくる。雪解けは嬉しい
のだが、こうしたマナー違反の人たちの行いが白日に晒される時期でもある。雪との生活
も長くなったが、年々、雪との付き合いがしんどくなってきている。年のせいというわりも
腺筋症のせいだと私は思っている。って、やっぱり年のせいかしらん。

 正義の味方?  

 弁護士は、正義の味方だ。弱い人を助けて悪を倒す。司法試験は、難しく人としても立派な
人だ。お金はないが、法に疎いので困っている人たちを助けるために、法の網をかい破るずる
賢い奴らをギャフンと言わせるのだと信じていた。しかし、大人になるにつれて、弁護士はそんな
に立派な人たちではないようだと思うようになった。

『私は、薬に殺される』という本がある。この本を書いた男性は、猛烈社員でバブル期には年収
が数千万円にも達する若い優秀な社員だった。その彼が、会社の健康健診で、高コレステロール
血症と診断されて、メバロチンというメイド・イン・ジャパンのヒット薬を飲むこと勧められた。
高コレステロール血症は、動脈硬化を勧める大きな要因とされている。動脈硬化の予防にと
勧められて飲んだ薬でひどい体験をすることになってしまった。

 横紋筋融解症という、全身の横紋筋、つまり心臓を除き、自分の意思で動かすことが出来る
筋肉が溶けてしまうという恐ろしい病気は、滅多に起きない薬の副作用だが、ある薬と併用を
するとその確率は増す。彼の場合もそうであった。しかし、薬のメーカーが注意書きに付け加えた
のは、彼が裁判で訴えた後であった。前例がないという判例重視の裁判と医療の閉鎖性の高さ
が彼の闘いの前に立ちはだかる。弁護士も勝てる見込みがないと、なかなか引き受けてもらえない。
やっと引き受けてくれた弁護士も結局は彼を裏切り、弁護士料だけを奪い、彼の元を去っていく。

 旭川に住む70歳の男性は、年収90万円という生活保護家庭の年収180万円以下の年収で
ある人から、国民健康保険税を徴収するのは、憲法違反であると裁判を起こして、最高裁まで
闘った。若い頃から、体が弱く働けない日が多かったという。彼もまた裁判を起こすのでと弁護士
を依頼したが、勝てる見込みが低いというので断られた。その後、一人で図書館で法律を勉強を
し、訴状を書き、裁判を起こした。弁護士料を立替してくれる制度があるが、その時も裁判に勝つ
見込みが高くないといけないのだ。

 でも、世の中には、裁判に勝てる見込みは低いが世に問わないといけないこともある。お金が
かかっても時間がかかっても闘わないといけないこともある。それなのに、勝ち目がないから、
お金がないから、弁護士が儲からないからと見殺しにするようなみことがあってもいいものだろうか。

 オウム真理教の裁判といい、広島の母子殺害事件といい、あのいわゆる人権派弁護士とは
一体何だろう?死刑廃止を声高に叫ぶのは良いが、そのために裁判をボイコットするとは
何事か。弁護士としての資格はないと思う。日本の刑法が死刑を認めているのに、自分の
良心・信念から死刑判決を下さないという裁判官がいる。その存在が許されているのは何故
なのか疑問に思う。人権派は、加害者の側の人権を擁護して、被害者の人権は無視している。
死んだ人は可哀想だが、死んでしまった人は仕方がない。罪を犯してしまった人の今後を考えない
といけない、とかつてテレビで発言していた人権派弁護士がいたが、こんな弁護士はいらないと
思った。残酷な事件・事故が起きることが多くなった。司法は、裁判員制度導入以前に、法の
根本的な見直しをする必要があると思う。

 手術を受けるということ 


 生理であろうとなかろうと毎日のように痛みに悩まされていると子宮を全摘してしまいたい
と考える日が増えてくる。過多月経に貧血の悩みとされに伴う生理用品や鉄剤の薬などの費用
を考えてみても、病気の原因となっている子宮を取り去れば、それでかなりの部分は解決される
のではないかと思う。もっとも、筋腫の人が筋腫のせいで起きていると思っていた骨盤内の痛み
が子宮を全摘後も続き、いまだに鎮痛剤を飲みつづけているという話しも聞いた。

 だが、腺筋症の場合は、子宮を取れば過多月経もなくなり、貧血に悩むこともなくなるだろう。
一番つらいと感じている痛みが消えないとしたら、不満に感じると思う。私の場合は、かなりの
部分の痛みは、子宮そのものから発せられていると感じているので全摘後は、痛みはあるにしても
きっとかなり楽になるだろことだろう。産婦人科では、必要がないと思われる全摘手術が結構な
数行われているようだ。少なくとも私の場合は、不必要な手術ではない。40歳の時、担当医が
告げたように私の生活の質の向上にも繋がることだろう。48歳になろうとする今、子宮を取る
ことには昔のような抵抗は薄れてはきている。だが、未だに少々のためらいもある。

 子宮がないということは受け入れられても体にメスを入れて子宮を取ることにはためらいが
ある。だから、子宮を取った方は、凄いなぁといつも感心している。今の私には、そんな勇気は
ないなぁ。痛みの苦しみが全摘手術を受ける恐怖を上回った時に、きっと手術を決断できるの
だろう。

 そんなわけで、手術となったその時に備えて、手術について少し調べてみた。麻酔科医が書いた
手術を受ける8つのポイントは以下のとおりである。

1 手術は、からだを傷つける「侵襲」的な医療であり、慎重に選択されるべきである。

2 手術に対する強い反応を抑えるのが麻酔である。

3 全身麻酔は生きているからだをいったん非常状態におちいらせる方法である。

4 すべての機能が抑制された状態のからだに直接的な外傷を加えるのが手術である。

5 手術室には手術にふさわしい環境と器械類、設備が整っている。

6 麻酔と手術侵襲とのバランスをとり、手術を成功させるのが麻酔科医の役割である。

7 手術前に麻酔科医は患者さんとの情報を集め、的確な麻酔計画を立てる。

8 麻酔科医は、患者さんの代弁者。信頼関係を築くようにしたい。

 また、患者が医者に聞くことも8つ挙げている。

1 病気の状態と様子を聞く。

2 その病気に対してどんな治療法があるか、それぞれの治療法のプラスとマイナス面を
  あらかじめ聞く。

3 その時、クオリティー・オブ・ライブの面も聞いておく。

4 手術が選択肢としてあげられている時、なぜ手術をしなければならないのかを聞く。

5 手術するとして、どのような手術であるかを聞く。

6 同時に麻酔方法とその効果や安全性も確認しておく。

7 回復時の問題点を聞く。特に術後の痛みとその対策について聞いておく。

8 退院、完治などのメドとなる月日を聞いておく。

 腺筋症の場合、全摘手術は全身麻酔下で行われるのが普通だが、麻酔科医によれば、
全身麻酔は、患者にとっては、痛みを感じずに済む楽なものだが、まともに考えれば
死と隣り合わせた危険なもののようだ。全身麻酔は、無痛であること。有害な自律神経
の反応を抑える。筋弛緩状態にあること。だから、人工呼吸器が必要となること。
元に戻る可逆性であること。

 手術をしようと決断した時は、麻酔科医のある手術をするのにふさわしい環境を持った
病院を探そうと思っている。その前に閉経がやってくるかも知れないが・・・・。

  痛みを左右する遺伝子  


 痛みが続くと私は痛みに敏感な体質なのだろうかと思う。同じ腺筋症でありながら、
進行した子宮内膜症でありながら痛みを感じない人もいる。狭心症や心筋梗塞を起こし
ても糖尿病があると痛みを感じない場合もある。痛みとは個人的なものであるという。

 アメリカのサイエンスという科学誌の中に、ミシガン大学の研究者が痛みを感じる
遺伝子について述べている。それによると神経伝達物質に関するCOMTという酵素の
遺伝子で酵素の一部のメチオニンという物質を含む型とバリンという物質を含む型の
二種類があるという。誰でも、この二つ持っているという。そのうち、バリン型を二つ持つ
人は、痛みを緩和する脳内物質の分泌が活発であり、痛みを感じることが少ないそうだ。
その一方で、メチオニン型を二つ持っている人たちは、痛みに敏感だという。そして、
メチオニンとバリンを一つずつ持っている人たちは、痛みに関しては普通の反応を示す
そうだ。

 腺筋症になると痛みに敏感となるメチニオン型の酵素が増えてくるのかも知れない。
痛みに悩んでいる人たちは、この世にどれだけいることだろう。医者は、患者の痛みに
はあまり関心を抱いているようには見えない。検査値などの数字で客観的に捉えられる
ものばかりを重視しているように見える。痛みは、その人個人にして分からないもので
ある。今のこところは、それを誰にでも分かるような形で示す方法は見つかっていない。
それが可能であれば、自分の感じている痛みがどのようなものか分かり、医者ももっと
痛みの緩和に対して情熱を燃やして研究することだろう。

   結婚と子供を産むということ 

 今年で48歳となってしまう。気が付けば、あっという間に48歳になろうとしている。
姉のように、24歳で結婚をして29歳と43歳で出産をして子育てをしている人たちは
子供と共に、きちんと年を重ねているように感じる。結婚と出産、子育てのうちどれ一つ
として体験をしていない私は、変化が少なく、自然と一つ一つ年を重ねていき、それが
48になったように感じている。

 母と父を見ても周りの親戚を見ても、結婚生活が楽しいものだと思えなかった。いや
むしろ、家庭に縛られて女性は特に七面倒臭いだけで貧乏くじを引いてしまったかの
ような印象を受けた。今はドメスティック・バイオレンスというしゃれた?言葉で言われ
ている家庭内暴力を何度か見聞きをし、普段は良い人に見えても実は男性は恐ろしい
動物であるとの思いも高まっていった。それなのに、町には恋人や結婚があふれていた。
結婚していて幸せと思える人たちは、そんなにいないのに何故人は結婚をするのか。
私にはそんな勇気はない。

 それでも、そんな人こそ実は結婚は早いとか良く言われたものだ。好きな人が出て
くれば、そんな頭の中の屁理屈は飛ぶというわけだ。しかる年になれば、好きな人か゜
出来、そして相思相愛となり、恋愛の後、結婚して気がついたら子供ができていると
いうものなんだそうだ。

 男女関係よりも色々な知識を集める方に関心がある私でも、そんな結婚適齢期が
あるという。そう言われて久しいが、間もなく48歳になろうとる現在、そんな話し
はとんとない。(笑)同じ環境で育ったはずの姉二つ上の姉は、私とは全く逆の恋愛
至上主義である。男の人がいなければ、人生楽しくない。結婚して子供を産むことが
女性として産まれた喜びだときっぱりと言う。私が女性であることや生理があること
に煩わしさを常に感じていることとは正反対だ。環境が同じでも、遺伝子が近いはず
の姉妹でもとんでもなく違うものだ。

40歳になるくらいまでは、もしかすると今年は運命の人が現れて、結婚をして
子供を産むかも知れないなと思わないまでもなかった。確率は限りなく低いが
ないとも限らないと思っていた。さすがに45歳ともなるとまぁそんなことは地球
が滅亡すると同じくらいの確率でしか起こらないと悟ってきた。48歳まであと1ヵ月
となっている今、私の中では結婚は遠い。ましてや出産と子育ては論外だ。若い頃
から自分の遺伝子が伝わっていくと考えるだ゜けでゾッとしたものだ。とうやら私の
利己的遺伝子は、子孫に遺伝子を伝える戦略には失敗をしたようだ。変な遺伝子は
子孫には伝えないという自然淘汰なのかも知れない。

 結婚っていいなぁと思わなかった私だが、母が死に至る闘病の頃、それまであまり
仲が良いとは言えない夫婦が健気に思え、我々が若い頃とまるで昔恋人時代の
時のように懐かしそうに会話している二人を見て、夫婦もいいものだなぁと思った。
年を取って、年輪を重ねて助け合い二人の時を語れることは幸せなことだと思った。
姉に言わせると女同士と男と女の関係とでは、大きな差かあるという。男女の愛に
は深いものがあるという。親が子供を思うほどには子は親を思ってはいない。子供を
産んで育てみて、初めて親の有難さがよく分かるという。

 母性本能があれば、無条件に子供が欲しいと思うし、たとえ嫌だと思っても子供
が出来れば別で母性愛に目覚めるという。自分が子供の時は、子供は嫌だなと思った。
今も子供は遠くで見ている分にはいいが、関わらないといけない場合は、疲れてしまう。
私のような女性ばかりが増えてくると人口減は間違いないだろう。こんな母性本能に
反している女性にはバツをと神様は、私に腺筋症で痛みと出血を与えたのかしら。

 猫には、深い愛情を感じるのに、人間は苦手な私って変でしょうか?猫って無条件に
可愛くて仕方が無いんです。(笑)猫の子の母にはなれる私です。

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